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邂逅の物語 book review

『アルフレートの時計台』
斉藤洋・作
偕成社

 背表紙を見た瞬間、あっと思った。タイトルの文字が微妙に歪んでいる。私の知っている物語だと直感した。

 読み始めるとすぐに同じ著者の『ドローセルマイアーの人形劇場』の、人形師が登場した。彼はあの本の中で人生の方向を転換させる出会いをした。本書でも、そんな出会いがあるのかもしれない。

 小児科医のクラウス・リヒトはベルリンからイェーデシュタットの町の市立病院に赴任してきた。この町は、ベルリンほど大都会ではないけれど、街には市電が走り、生活に必要なものはなんでもそろう。

 クラウスは少年時代この町で暮らしていた。かつての家は町の西側だったけれど、彼は町の東側に部屋を借りる。悲しい記憶に触れたくない気持が、無意識にそうさせたようだ。

 偶然、通りかかった幼稚園で、クラウスは幼児期の思い出と再会する。あの頃見た人形劇が、今も上演されていたのだ。見ているうちに遠い記憶が呼び覚まされ、かつて住んでいた場所が今はどうなっているのか見たくなる。急きょ予定を変え、市電に乗った。

 人の心理は、本当に不思議なものだと思う。避けたい気持の中に、触れたい思いが芽生えるのは、そこに愛しい者の存在があるからかもしれない。

 以前、住んでいた家の近くには、時計台のある広場がある。広場を囲む商店は、かつてはそれなりに栄えていたようだが、そんな時代はクラウスさえも知らない。彼が幼少のころから、すでにその大半が廃業していたし、時計台はカギがかかっていて中に入れない。時計はいつも三時で止まったままだし、鐘も鳴らず機能していない。時計台はただそこにあるだけのものだった。

 でもクラウスの親友アルフレートは、この時計台を買いたいと言っていた。将来は有名な画家になってお金を稼ぎ、時計台だけでなく、この広場すべてを買うのが夢だと。

 アルフレートは、自分たちが生まれる前のように広場を復活させたいのだ。まわりの店をきれいになおし、時計台の時計もスイスの職人をよんでなおさせると……。

 追憶で訪れた時計台の中に、クラウスは初めて入ることができた。偶然、扉が開いたのだ。そして、二度目に訪れたときには、時を超えアルフレートと再会する。大人になったクラウスと、あの頃のままのアルフレート。二人の時間が再び重なる。クラウスは相手の存在を知りながら、気づかないふりをして会話を進める。

 アルフレートの説明では、時計台の中では時間が止まるらしい。そして窓から見える景色は、二人ともにとって、今ではない。カフェは営業しているし、花屋も本屋もある。二人の知らない、昔の広場なのだ。

 その景色をアルフレートは、誰にも内緒で描きに来ていた。窓から見える商店の一軒一軒を。そして、絵は今日ですべてできあがる。

 時計台を出ると、二人はそれぞれの時間に戻っていく。二人の時間が、重なることはもうない。でも、クラウスの手もとには、二十年前、少年の頃に病死したアルフレートから思いがけないものが届く。二人の人生はいつも重なっていた。アルフレートはそのことを生前から知っていたのだ。

 きっかけは、誰の人生にも訪れる。小児科医のクラウスにも、人形師のエルンストにも。

 これは邂逅の物語だ。そして私には、出会うべくして出会う物語だと思った。

同人誌『季節風』掲載


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