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また会ったね  book review

『ピース・ヴィレッジ』
岩瀬成子・著
偕成社

 舞台は、米軍基地のある町。主人公の楓は12歳。友達の紀理ちゃんは中学生。二人は三年前、運動会の練習を通して仲良くなった。

 でも、今年中学生になった紀理ちゃんとは、前のように会えない。中学校と小学校は反対方向だし、下校時間も違う。こんど遊ぼう、と約束しても、そのこんどはなかなかこない。

 五月のこどもの日は基地の開放日『フレンドシップ・デー』だ。誰でも自由に基地に入れる。この町で生まれ育った楓には、毎年恒例行事のお祭りみたいなもの。去年も一昨年も紀理ちゃんと一緒に行った。

 今年、紀理ちゃんから誘いの電話はかかってこなかった。思い切って電話すると「行かない」と、言われる。そして「楓ちゃんはもう、わたしと付きあったりしないほうがいいよ」と、電話は切れてしまう。

 何かが起きている。でもそれが何なのか、わからない。立場が違うと紀理ちゃんは言ったけれど、楓は首を傾げるだけだ。

 物語が進むにつれ、少しずつ見えてくる。楓の祖父母は基地の近くでスナックを経営していて、二年前に亡くなった祖父に代わり、今は楓の父が店のカウンターに立つ。壁には1ドル札がびっしりと貼られている。

 一方、紀理ちゃんの父親は、若い頃から基地反対闘争をしてきた。警察に逮捕され、勤め先を追われ、基地ではブラックリストにものっている。それでも考えは変わらず、今も仕事が休みの日は、基地の近くの交差点に立ち、独りビラを配っている。

 その行為を、楓は、勤め先のスーパーにアメリカ人客を呼び込むためのものだと思っていた。また楓の母は中学生の頃、役所の人だと思っていたと言う。娘の紀理ちゃんでさえ、わかっていなかった。ほんとうのことは、外から見えない。でも、真実を知ったとき、人は思考し、そして変わる。 

 今までは、紀理ちゃんと一緒にいれば楽しかった。でも、紀理ちゃんは紀理ちゃんで、楓は楓なのだ。そう気づいたとき、楓は自ら変わろうとする。二人の関係が壊れてしまうわけではない。

 変化の要因は、他にもあると思う。

 例えば、幼なじみの悠ちゃんは高校の写真部員で、カメラ片手にいつも町の中を歩き回っている。彼がカメラを向けるものは、ごくありふれたものばかりだ。でも、カメラで見ると、はじめて見えてくるものがあるという。今その意味はわからなくても、いつか楓にもわかるだろう。案外その日は近いかもしれない。今年、紀理ちゃんと一緒に見た独立記念日の花火は、去年とは違うことにもう気づいているのだから。

 人は一人なんだ、と話してくれたのは、楓の母の妹で隣に住むおばさんだ。誰もが満たされているわけではないのだ。何かしら不安を抱き、日々を過ごしている。

 私は、出会うべくして出会う作品があると思っている。この本を、見た瞬間にわかった。出会いではなく、これは再会だ。初めて読む物語でも、描かれた感情は自分の中にある。いつかの私に、出会うのだ。

 行くあてもなくバスや電車に、揺られたことは何度もある。降りる駅は、今も見つけられない。人は一人なんだ、と知ったのはいつだっただろう。自分が両手に何も持っていないことを知ったのは……。なにかしなくちゃ、新しい何かを始めなくちゃと、何度思ったことだろう。そして、そんな思いは、今も少しも変わらない。

同人誌『季節風』掲載


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