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記憶にのこっていること book review

『ペーパープレーン』
スティーブ・ワーランド・著
井上里・訳
小峰書店

 紙ひこうきを、ただ飛ばすためだけのタワーがある。この本を手にとったとき、その建物と青空と、手から放たれた白い紙ひこうきが脳裏に浮かんだ。そして、その飛行を見つめる男性の後ろ姿……。何時、何で見た光景なのか思い出せない。テレビのニュースだったのか、何かの特集番組だったのか。タワーに昇り上から紙ひこうきを飛ばす。ただ、それだけの場所。その存在が、やけに印象的で、今も目に浮かぶのは、何故だろうか。

 この物語の舞台はウェルアップと呼ばれる町。オーストラリアの乾いた土地のまんなかにあり、年間を通して雨が少なく草木がろくに育たない。ベージュ色の町だとディランは言う。ベージュなんて、冴えない色だと。そして12歳の彼の日常も、あまり冴えない。

 ディランはパパと二人で暮らしている。ママは5ヶ月前に車の事故で亡くなった。それ以来、パパは仕事だけじゃなく、何もしなくなってしまった。目下、ディランの楽しみは、相棒クライブとのひと時だけ。勇ましいこの鳥が、彼は大好きだった。

 ある朝、担任の先生が教育実習生を連れてきた。彼の授業はA4用紙の白い紙で、紙ひこうきを作り、飛ばすこと。

 出来上がった紙ひこうきは、みんなひとつひとつ違っていた。いろんな形があり、飛び方もまちまちだった。

 ディランの紙ひこうきは、信じられないほどよく飛んだ。優に百メートルは飛んでいた。でも、これは正式な記録にはならないらしい。世界記録は屋内で測られるのが決まりだから。州大会で25メートル飛ばせたら、シドニーの全国大会に行ける。

 出会いは何の前触れもなく突然やってくる。この時から、ディランの頭の中は、紙ひこうきでいっぱいになった。人生に転機はつきものなのかもしれない。

 いざ練習を開始すると、25メートルの壁は高い。どうやって突破するか。先生のアドバイスは自分の頭を使って考えろ、だった。元、パイロットのおじいちゃんも同じことを言った。そして、パパも。紙ひこうきと出会いディランの日常は一変する。友達ができた。

 州大会の出場をきっかけに、ライバル、ジェイソンと出会い、シドニーの全国大会、東京の世界大会でもともに戦う。 シドニーの全国大会には、日本大会のチャンピオン、ミキが見学に来ていた。彼女の笑顔を見た瞬間から、ディランは目が離せなくなる。

 大会に向けて試行錯誤する日々から、ディランの世界は外に開けていく。徹底的に勝ちにこだわるジェイソンは、周りはすべて敵だという。一方、ミキは大切なのは勝ち負けではなく、人をはっとさせるような、美しいものを作ることだと。せっかく出るなら勝ちたいけど、本心がどこにあるのか、ディラン自身は気づかずにいた。これは彼らの成長物語でもある。

 決勝の舞台で、ディランの飛ばした紙ひこうきに、観客は目を奪われる。ミキも、そして勝ちにこだわるジェイソンさえも。

 この作品、もとは映画で、後に読み物としてリライトされたそうだ。紙ひこうきとクライブの飛行を想像すると、活字の方がリアルかもしれない。

 大会に向けて奮闘する彼らの姿はドラマチックだ。でも、偶然、風にのった紙ひこうきを、夢中で追いかける少年たちの姿が、私の記憶に残るような気がした。

同人誌『季節風』掲載

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