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1冊の本に書けること  book review

『HOOT』
カール・ハイアセン・作
千葉茂樹・訳
理論社

 すべてのパズルのピースが、あるべき場所にピタリとおさまったような読後感だった。その隙のなさも嫌味がなく爽快だった。とにかく中味が詰まっている。ミステリー、自然保護、金と政治、友達、親子、学校関係に至るまで、それに加え少年の日の澄んだ世界と冒険までもが描かれている。一人の少年の、成長物語としても読めると思う。

 舞台になったのは、フロリダ州のココナッツコープ。主人公の少年ロイは、モンタナから引っ越してきたばかり。転校先の中学校で「カウボーイの故郷、モンタナから来ました」なんて自己紹介をしたばかりに、カウガールなんて呼ばれている。

 モンタナが大好きだったロイには、フロリダが好きになれない。けれど、好き嫌いに関わらず、ロイの日常はすでに始まっている。父の仕事の都合で引っ越しには慣れているし、転校生の心得も十分知っている。

 ある日、スクールバスの中から裸足で走る少年を見た瞬間から、ロイの日常は変わり始める。

 一方、この街に大手パンケーキハウスのチェーン店が進出しようとしていた。その建設予定地では、不思議な事件ともいたずらとも言えない出来事が続き、工事は一向に進まない。地元警察をも悩ませたりもしている。

 裸足で走る謎の少年も、不可思議な事件の数々も、やがては法律でも保護の対象になっているという、地下に巣穴を作って暮らすアナホリフクロウの救出へとつながり、新聞紙面をも騒がす大事件へと発展していく。

 1冊の本に、これほど多くのことが書けるのかと、ただ、ただ感心してしまう。読み終えて私が最初にしたことは、本棚からROOD ATLASを引っぱり出すことだった。1992年版か… かなり古いけど、まあいいやとフロリダ州のページを開く。目的のココナッツコープらしき町の付近には、野生動物保護地区とでも言うのだろうか、彼らの生息地が記載されている。

 ロイが裸足で走る少年に案内された場所は、古いマングローブの林が町の雑踏を消し、めまいを感じるほどの静けさの中にあった。透明な水中をマレットの群が泳ぐ。ロイの大好きなモンタナ同様、フロリダもまた野生に満ちている。

 私は昔から地図を見るのが好きで、読書後は舞台になった場所を地図上で探したり、主人公の足取りを追ったりしてしまう。

 モンタナのページを開いて、おどろいた。町の名前を囲む鉛筆のしるしや、ハイウェイをなぞった幾つものライン。見ているうちに、私自身が記したのを思いだし、ほんの一瞬かつての自分と交差したような気がした。

 あの頃、どこへ行こうとしていたんだろう…。なんだかなつかしい。

 1冊の本との出会いは、その本の世界だけでは終わらないことが多い。
 思い出した本もあった。1冊は訳者のあとがきにもある、マーク・トウェインの『ハックルベリィ・フィンの冒険』そしてもう1冊は斉藤洋の『ドローセルマイアーの人形劇場』だった。

同人誌『季節風』掲載


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