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いけるところまで行く book review

『神様のみなしご』
川島 誠・作
角川春樹事務所

 児童養護施設、愛生園が舞台の物語だ。就学前から18歳までの男女が暮らしている。大半は小・中学生、義務教育の年齢が中心で、彼らがここに来る、暮らす理由は様々だ。他に居場所はない、とも言える。

 例えば、中3の浅田陽一は、幼少の頃、母親が男を作って出て行った。父親は事故死。親戚の家をたらいまわしにされ、たどり着いたのがここ、愛生園だった。

 宮本兄弟は中2で愛生園に来た双子だ。父親は犯罪者で近く出所する。それを聞いてあせった母親は、二人を放り出し手近な男に走った、らしい。双子の名前は、宮本健介と康介。前の中学では『人殺し』と呼ばれていたので、園でもそう呼んで欲しいと言う。兄は人殺しA、弟は人殺しB。

 小6の牧浦郷治は小3ぐらいにしか見えない。父親に暴行され運び込まれた病院から来た。彼は、病院もよかったけど、愛生園はもっといいと言う。ごはんがとてもおいしいから。こんないい所にいられて幸せだと。

 他にもわけありの少年少女が、ここで共同生活を送っている。父親不在で、母親は殺され、園に来た美少年、前川裕貴。倒産を苦に両親が自殺し、残された谷本理奈。同室の相川美優と木田さくらは、父親から性的虐待をうけていたようだ。最近、園に来た中2の黒木は父親を刺して、医療少年院から来た。学年トップで、ずば抜けて高いIQの持ち主。

 本書の語り手は複数で、短編集でもある。でも、私は浅田陽一の物語として読んだ気がする。彼の怒りに共振したからだ。

『何が夢だって聞かれたら、この世界をぶちこわすことだって答えるね。-中略―こんなくだらない世の中を作ったやつ、出て来いよ』。

 彼の怒りは、自分ではどうすることもできない世間に向けられている。でも、それだけじゃない。怒りの矛先は、相川美優の父親に向いている。なぜ、こんな酷い父親が世の中にいるんだと。彼は他人のことで、怒れる。まっとうで、信じられる人間だ。

 園では、周囲、他人のことに興味を持たないようにする。相手に事情を根掘り葉掘り問いただしたりしない。生き延びていくために大切なことだ。でも、胸のうちには様々な感情が渦巻いている。感情になんて支配されないつもりでいても、横で泣いている子を見たら、動揺する。

 希望すれば園には18歳までいられる。現に高校生もいる。でも、浅田陽一は中学を卒業したら、園を出て住み込みで働きたいと思っていた。そして、今、外食チェーンに就職し、寮で暮らしながら寿司屋で働いている。

 宮本兄弟は中3になった。兄、人殺しAは、高校に進むつもりだ。サッカーの強いところへ行き、やれるところまでやると言う。

 黒木の申し出に、私ははっとさせられた。彼は中学を卒業したら、浅田陽一が働く外食チェーンの寿司屋で働きたいと言う。そうすれば園を出られる。食事と住む場所には困らない。そこから始めたいと……。

 今でも彼は、父親のような人間は、存在すべきではないと思っている。殺し損ねたことも心残りだ。なぜそうなのか、説明する気にはならない。わからない人にはわからないと考える。それでも『そこから始めたい』と、彼の選択を聞いたとき、私は泣いてしまった。彼らの前で私は、なんの言葉も持ってない。

 彼らは、いけるところへ行く。そして生きていく。彼らの人生のほんの一部を、共有できてよかった。

同人誌『季節風』掲載

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