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彼が僕を忘れるくらい(脚本)

人物
男(20)大学2年生
弓場(22)お笑い芸人

〇東京駅近くの喫茶店(夕)
 人がまばらな喫茶店。男(20)、弓場(22)が向かい合わせで座っている。男は弓場を見ながら、顔をしかめている。弓場、熱心に地図を読んでいる。男、テーブルに置いてあるコップを手に取る。弓場、それに気づき顔を上げ、
弓場「それ、なんだっけ?」
男「ストレートティーです」
弓場「ちょっと飲ませてよ」
男「やめたほうがいいと思いますけど」
男、ため息をつきながら、ストレートティーを弓場に渡す。弓場、ストレートティーを勢いよく飲み、苦い顔をしながら、
弓場「お前、・・・すごいな」
男「だから、言ったじゃないですか。で、決まりました?」
弓場「まだ」
男「早くしないと時間なくなっちゃいますよ。俺、明日も大学だし、弓場さんだってバイト初日でしょ?弓場さんが俺の家に転がり込んで来たせいで、ルームシェアできる部屋に引っ越したのに、まだ荷ほどきも終わってないし。というか、その服なんですか?どういうセンスがあったら、そんなシャツ選べるんですか?」
弓場、地図から顔を上げ、嬉しそうに笑う。
弓場「この服、めちゃくちゃいいでしょ?この赤色とか、こんなに大きくプリントされてる花とか、地元じゃなかったよな!」
男「え、その服どこで買ったんですか」
弓場「下北沢の古着屋さん。値段聞いて驚くなよ?なんと!4980円!」
男、ため息をつく。そして、頭を強く掻いたあと、弓場が見ていた地図をひったくる。
弓場「あっ!なにすんだよ!」
男「東京タワーとか、どうですか?ここからなら20分で着きますよ。弓場さん、行ったことないでしょ?」
弓場「プラネタリウムとどっちが近い?」
男「プラネタリウムですかね」
弓場「じゃ、そっち連れてってくれ」
弓場、立ち上がる。
男「あぁ、兼部してましたもんね。天文部と」
弓場「うん。今の時期なら、アンタレス見れそうだし。お前だって見たいだろ?アンタレス」
弓場、去る。男、首をかしげながら立ち上がる。


〇男と弓場の家(夜)
2DKのダイニング。テーブルに向って座っている男は、分厚い本をいくつか広げて、パソコンで何かを打っている。男の背後から、ドアが開く音が聞こえて、男が振り向く。
男「おかえりなさい」
弓場が部屋に入ってくる。手には、赤と黒の金魚が入った袋と金魚鉢、りんご飴を持っている。
男「夏祭り、楽しんだんですね・・・」
弓場「これは、お前の分」
弓場、りんご飴を男に差し出す。
男「あー、あとでカットするんで、半分こにしませんか?」
弓場「もしかして、甘いの苦手だった?」
男「すみません」
弓場「いや、お前のこと知らなかった俺が悪いし。じゃ、切ってくれ。半分こにしよう」
男、りんご飴をキッチンで切り始める。弓場は、男が広げていた本やパソコンを雑に片づけて、テーブルの真ん中に金魚鉢を置きながら、
弓場「レポート大変?これとか、すごい分厚いけど」
男「それなりに大変ですよ」
弓場「大学ってきついところなんだな。あ、そういや、夏祭りで大場とコンビ名について話したんだけど、どれがいいと思う?ピンクボール、チェスと人生ゲーム、満月夫人」
男「養成所で出会った人でしたっけ?その人と行ったんですね」
弓場「うん、コンビ組むこと決まったからさ、大場と」
男、切ったりんご飴をテーブルに置き、椅子に座る。弓場、水を入れた金魚鉢に金魚を入れる。男、りんご飴を少しかじりながら、
男「どれもコンビ名、微妙じゃないですか?お客さんに覚えられやすいものとか、イメージがいいものとか、インパクトがあるものとか、その人とよく考えたほうが・・・」
弓場「目」
男「え?」
弓場「目。充血してるよ」
弓場、向かいから手を伸ばし、男の目の下を引っ張る。男、ぽかんとする。
弓場「すごい真っ赤」
男「・・・徹夜してるからですかね」
弓場、男から手を離し、ハッとして、
弓場「ジュウケツ!ジュウケツにするわ、俺!」
男「え?」
弓場「コンビ名だよ!カタカナでジュウケツ!なぁ、金魚!今日から俺は、ジュウケツの弓場だぞ!」
弓場、笑顔で金魚を見つめる。男、呆れる。
男「いや、言ったじゃないですか。覚えられやすいものとか、インパクトとか・・・」
弓場「いいんだよ。お前の目が充血してるの、似合ってたから!」
男「どんな理由ですか」
男、ため息をつく。
弓場「なぁ、この赤い金魚さ、お前とよく似てるよ」
男「充血した目の色だけじゃないですか」
弓場「うん、そうだけど、なんか、性格的にも似てるような・・・。お前どう思う?」
男「金魚ですか?」
弓場「いや、コンビ名。個人的にはすごくいいコンビ名だと思うんだけど!」
男、無言で一切れのりんご飴を食べ続ける。
弓場「どうよ?」
男、最後の一口を食べ終えて、
男「だっさ」


〇男と弓場の家(夜)
弓場、部屋着でソファに寝転がり、スマホを見ている。ドアが開く音がし、激しい足音が大きくなる。勢いよくダイニングのドアが開くと、スーツ姿の男が息を切らしている。弓場、男をちらりと見上げる。
弓場「おかえり。ごめんな、オムライス買ってきてもらって」
男「弓場さん。コンビ結成して、やっと1年経ったくらいですよね」
弓場「うん」
男「俺のインターン先がテレビ局だって知ってますよね」
弓場「・・・あー」
男「来週、テレビのオーディションだなんて、俺聞いてないんですけど」
弓場、頭をがしがし掻いて、ソファに座る。
弓場「オーディションに受かったら、お前に言おうと思ってたんだよ」
男「ジュウケツって、そんなに面白いんですね」
男、カバンからオムライスを2つ取り出し、テーブルに並べる。弓場、首をかしげながら椅子に座り、オムライスを開ける。
男「会議に名前が出て驚きました」
弓場「うわ、おいしそ」
男「ライブ行かせてくださいよ」
弓場「やだよ」
男「ジュウケツの漫才、見たいです」
弓場「やーだ」
男「オーディションに呼ばれるくらい面白いんですよね?なおさら見たいです」
弓場「やーだ」
男「じゃあ、弓場さんの知らないところでこっそりチケット取ります」
弓場、オムライスを食べている手を止めて、
弓場「・・・わかった。オーディションに受かったらな。そういえばさ、金魚が冬に死んじゃったじゃん?次何か飼いたいものある?ごめん、やっぱケチャップちょうだい」
座っていた男、立ち上がり冷蔵庫からケチャップを取り出す。テーブルに大きな音を立てて、ケチャップを置く。
男「金魚」
弓場「金魚?」
男「再来週の夏祭りで、赤と黒の金魚を買ってきてください」
弓場、笑う。
弓場「了解」
男、目をそらし、弓場に聞こえない声で
男「くそっ」


〇地下劇場(夜)
弓場と相方らしき人が舞台上のセンターマイクを挟んで漫才をしている。
弓場「俺、もし彼女ができたら、東京タワーで東京を見渡してプラネタリウムで星を眺めて、夏祭りでりんご飴と金魚を買って帰りたいんだよね」
相方「おー、やることが具体的だね」
客席の前列端の席で、弓場を見つめる男。客席から笑い声が起こる。
弓場「この日のために俺、おしゃれしてきたんだ」
相方「えー、弓場くん、めちゃくちゃ似合ってる!超かっこいい!」
弓場「赤色の大ぶり花柄シャツ」
相方「ハワイ?!」
弓場を見る男。一層大きい客席からの笑い声。楽しそうに漫才をする弓場。


〇男と弓場の家(夜)
ダイニングのテーブルに置かれた水槽にいる黒と赤の金魚を見つめる男。
弓場「ただいまー」
音を立てて、弓場がリビングに入ってくる。その手には3つほど紙袋がある。男、目をそらす。
男「あの漫才、全部僕と行った場所じゃないですか」
弓場「あ、気づいた?お前が来るから、張り切って新ネタ作ったんだよ」
弓場、水槽前に座り込む男の隣に座る。弓場、紙袋から激辛と書かれたスナック菓子を取り出し、食べ始める。
男「めちゃくちゃ笑いました。オーデションも受かって、テレビ収録も終えて、ファンもついて、ジュウケツは順風満帆ですね」
弓場「そんなことない、これからだよ、これから。激辛、食う?」
男「俺、辛いの無理なんで」
弓場「え、そうだっけ?・・・そうか、激辛得意なのは、お前じゃなくて大場だったな」
男、金魚に餌をあげ始める。黒い金魚は餌に食いつくが、赤い金魚はなかなか食べない。
弓場「この赤いのさ」
男「はい」
男、弓場を見る。弓場は激辛のスナック菓子を食べる手を止め、水槽で泳ぐ赤い金魚を見つめたまま、
弓場「お前に似てるけど、大場のほうがもっと似てる」
男、驚き笑いながら、目を伏せて、
男「どういうことですか」

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