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Herbie Mannの表現に憧れる

ハービー・マン、アメリカのジャズ・フルート奏者(2003年73歳没)。

私はクラシックフルートを10年ほど習ったのち、大学でJAZZ研究会に入り、先輩たちが部室に置いてたCDらを漁っていた時にこのアーティストに出会った。

初めて聞いた時、これがフルートの音色かと驚いた。耳に残る、でも不思議と心地のいい掠れた音(コピーをするのが非常に難しい)を奏でたりする。切ないような妖しげな、ムーディな空気を出すロングトーン、会話してるようなバンドメンバーとの心地の良いユニゾン。そしてあのメロディカルな、独特のアドリブがめちゃくちゃかっこいい。頭の中に色んな映像やイメージが駆け巡るような感覚になる。

まずは是非、聞いてみて欲しい。

--- Live at the Village Gate はマンのヒットアルバム

彼のフルートは、ジャンルを超えて「ハービーマンのスタイル」になっている。アフロキューバン・レゲエ・ボサノヴァ・ポップ・ディスコ、、様々なジャンルをフルートでフュージョンをさせた第一人者だ。50sのラテンジャズでフルートを広め、ボサノヴァに関しては、ブラジルから持ち帰って1960年代初頭の最大の音楽的トレンドにした大きな責任者でもある。彼のオリジナル(ユダヤ)と通ずる、中東音楽、イスラエル音楽、そして拠点であるアメリカのネイティブミュージック、南米音楽、他にヨーロッパ・アジア・インディアなど世界中を飛び回り、様々な音楽スタイルに触れて自分の解釈でアウトプットしていた。こうした貪欲な音楽活動で彼はジャズフルート=ハービーマンとして広く名を知らしめることになる。新しい音楽スタイルの提唱・新鮮なアイデアは彼のトレードマークなのである。("Our Mann Flute" -From the original liner notes by Bob Rolontzより一部文章参考)

--- Dave Valentin(Flute), Puente(Percussion)を加えたJungle Fantasy

私は彼のセッションしてる様子が特に好きだ。周りとジャムを非常に楽しんでいるのが思い浮かぶ。ライブを見れた人が本当に本当に羨ましい。

大学でトライしたコピーバンドは彼の足元にも及んでなかったが、模写してる時になぜこんなフレーズを考えたのかな、どこの音楽をサンプリングしてるのかな、と、彼の影響されてきた音楽背景や、魅力や感性に触れようとした。あの時間は楽しくて、それを通して自分の中の何か絞めてた制限を放ってくれるような感覚に出会えた。一人そういう人(ロールモデル)を追いかけると深く学ぶことが沢山ある。それも彼のお陰で知った。まさしく、私にとって憧れの人である。

音楽だけでなく、他の分野の活動をしている時も、彼から学ぶこともある。クリエイティブおいてベーシックを忘れず、だけどベクトルを変えてみたり、自由に遊ぶ心を忘れない。今でも、フと思い起こさせて、刺激を与えてくれる。

人を繋ぐタレント性

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亡くなる8年前に彼は50人ものミュージシャンとコラボをしていた。この時代のミュージシャンは薬物依存や持病など短命で亡くなる人も少なくなかった。彼らの強いコミュニティ意識がお互いを高め合い、より貪欲にライブをしていたのかと推測する。

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ここまで読んでくださってありがとうございました。

これだけ熱く語っておいて、私はここ10年くらい他の事に夢中だという事であまりフルート吹けてないですが、ブログを書いて自分のあの頃の情熱を思い出す良い機会になりました。
そろそろまたアルバム集めしたり、ライブに足を運んでみたいな。

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