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La caca de Virgen Santa es sabor de maíz morado 聖なる処女のうんちは紫とうもろこしの味-拷問人の息子外伝-

ありえない夢

 なんだ? 臭いな……。
 なんなんだ? このひどい臭いは?
 やけに生暖かく、ケモノめいて湿った空気を顔に感じながら、メルガールはぼんやりと考えていた。不老難死の人造人間である非神子(頭部や心臓を破壊されると再生不能なので、完全に不死というわけではない)へ転生したメルガールは、睡眠も食事も不要なのだが、それはしなくても良いというだけで、できないというものではなかった。実際、もっぱら人付き合いとはいえ、食事やコーヒーを口にすることはたびたびあったし、奇跡術や拷問の後に眠るような瞑想を行うことは習慣のようなものだった。
 とはいえ、飲み食いしたものはそのまま出てきてしまうので、たとえばチョコレートを食べてコーヒーを飲めば、カフェショコラテが尻から出てくるという寸法だ。また、瞑想中は夢をみながらまどろんでいるような状態なので、いわゆる睡眠とは全く異なった経験であり、いわば思考の迷宮をあてもなくさまようような行為だった。
 しかし、このあたかも転生前にみていた夢かのような感覚はあまりにも唐突で、またわけのわからない不安やいらだちを掻き立てる不快さがあふれている。
 それにしても臭い、これはたまらない。
 口蓋から鼻腔に満ちる、馬小屋の敷き藁と腐ったにんにくや玉ねぎを混ぜ、安物の火酒をまぶしたような刺激臭にたまりかね、せめて口を閉じ息を止めようかと……いやちょっとまて……そもそも、なぜ口を開けたままなのだ?
 少しずつ、少しずつ意識や思考、そして嗅覚以外の身体感覚がはっきりし始め、そこでようやくメルガールは自分が開口具をはめられていること、そればかりか下着すらまとわないまったくの素っ裸で拷問用の長腰掛けに縛り付けられていることをはっきりと理解した。そして生暖かく、ケモノめいた酒混じりの臭気のみなもと、それを自分に吐きかけているのが、拷問人のエル・ハポネス、いや血も涙もない悪魔の拷問人エル・ディアブロであることも、明瞭に把握した。
「おい! エル・ディアブロ! いやエル・ハポネス、俺だ! 人違いだ」
 メルガールは『同僚』のエル・ディアブロへ必死に訴えかけるが、もちろんまともな言葉がでてくるわけもない。それどころか、開口具でどこか切ったらしく、鉄さびめいた血の味が舌に広がってくる。
「ちぃっ! おきちまいやがった! 糞聖女め、口枷かんでるじゃねぇか。手間かけやがる」
 口汚く悪態をつきながら、エル・ディアブロは無精ひげにまみれた口もとをニィっとゆがめ、それからメルガールへ顔をぴったり寄せて口枷の位置を調整すると、やにわに舌を伸ばし、流れ出た血をベロベロなめ始めた。
 ぐわぁっ!
 やめろ! やめろ! やめてくれ。
 ほほにゾリゾリこすりつけられる無精ひげとねばっこい唾液の感触、そして屍へ潜り込むウジのごとく鼻腔へ押し入る口臭に負けじと、メルガールはありったけの声を張り上げて叫ぼうとした。だが、もちろん声が出るはずもない。しかも、エル・ディアブロは口枷を軽く引いて、メルガールの舌を押さえつけている。
「へへ、これが聖女様の血か。まさに『サンタ サングレ(聖なる血)』よ。まぁ、お味は人間と同じ。色も赤いときた」
 下卑たセリフを耳へ吹きかけるエル・ディアブロに、メルガールは「なにいってんだ、青い血でも流れてると思ったか?」と、言葉にならないうめきを返す。だいたい、拷問人は尋問中の被疑者といっさい言葉をかわしてはならないし、そもそも言葉を発することさえ禁じられている。さらには、素顔をさらしてもならないというのに、職務をなんだと思っているのか?
 いや、メルガールはエル・ディアブロがおおっぴらに沈黙の禁を犯し、特に若い女を拷問する際は『バカ! バカ! バケロ!(雌牛! 雌牛! 牧童!)』と声を張り上げていたことを知っていたし、それをもみ消すことさえしばしばだった。それは、エル・ディアブロが死に瀕したメルガールへ素体を用意し、非神子としての転生を可能にした大恩人であるためだが、こんなことになるのなら日頃から厳しく接しておけば良かったと、悔しさのあまり嗚咽がもれる。
 こぼれだした涙を目ざとく見つけたエル・ディアブロが、すかさず目尻へ唇を寄せ、ヤニ臭い舌を伸ばして舐め取り始めた。エル・ディアブロの無精ひげは鞍を手入れする馬毛のブラシだってもう少し柔らかいのではないかと思うほど固いが、それでもチーズおろし(ラジャドール・デ・ケソ)を顔や内股にすりつける拷問に比べれば、たぶんはるかにマシなのだろうなと、そんな事を考えて気を紛らわせようと試みる。
 反応が薄くなって飽きたのか、エル・ディアブロは舐めるのをやめ、メルガールの足元へ回ると、長腰掛けを押し込むように動かしはじめた。どうやら、頭の方になにかあるらしい。目を凝らすと、誰かが椅子のような木枠に縛りつけられているのがわかる。肌をさらした腰回りの肉付き具合から、その人物はおそらく女性、それも非神子である自分とほぼ同じ年頃の少女であるかのように思えた。

続く


¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!