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El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第6章「決闘の朝」

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El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第5章「ふたりの聖女とふたつの取引」を読む

広場の決闘

 館から出てすこし歩くと、広場がある。
 兄弟団の廃寺を背に立った聖女は、腰に巻いた紅い飾り布を解いて高く掲げ、コルトとヘルトルーデスを呼び寄せる。そして、布をふたりにつきつけた。
「ふたりそれぞれ、両端を口にくわえなさい。口からはなしてはなりません。もし、はなしてしまったら、その時点で負けです」
「聖女様、なぜ布をくわえるのですか?」
 子供のように微笑みながら訊くヘルトルーデスに、コルトが横から「呪文封じだよ。奇跡術よけの小細工だ」と割って入る。
「おだまりなさい。布をくわえたままであれば、どちらかが倒れて戦えなくなるまで、勝負は続きます。そして、倒れた敗者にまだ息があれば、勝った代理人は敗者を助命してもかまいません」
「ふん、さっくりとどめを刺しちまえばいいんだろう?」
「おだまりなさい! その布は、お前のようなものの口を封じるためです」
 聖女は口の減らないコルトをにらみつけたが、全く意に介さない様子だった。
「さっさとはじめちまおう! エントラール ア マタール(闘山羊師がとどめを刺す位置につくときの掛け声)!」
 そう言ってコルトは布をくわえ、治安憲兵用のまっすぐなサーベルを抜いた。
 ヘルトルーデスも無言で布をくわえ、重たげなマチェーテをさらりと抜く。
「はじめなさい」
 ふたりが互いに向き合い、間合いをとったことを確認すると、聖女はよく通る声で決闘の開始を告げた。

 帝国において、決闘はありふれた紛争解決手段であり、日常と言えるほど盛んに行われていた。メルガールもこれまでになんども決闘をみているし、立会人を務めたことさえある。だが、互いを結びつけるような形で剣を使う決闘を目の当たりにするのは、これが初めてだった。
 そのため、戦いがどのようにはじまり、そしていかなる形で決着がつくのか、実のところ全く想像もつかなかった。
 だが、ヘルトルーデスには決闘の経験がそこそこあり、このような状況でも落ち着いてコルトの出方をうかがっている。対するコルトも落ち着いたもので、左腕を伸ばしてバランスをとりつつ、低く構えたサーベルをゆっくりと振っている。やがて、コルトはサーベルの切っ先を地面すれすれまで下げ、ほうきで掃くかのように大きく回し始めた。
 それをなんどか繰り返すと、やにわに切っ先を振り上げて喉元を狙う。しかし、ヘルトルーデスは冷静にマチェーテでサーベルを払い、間合いを取り直す。
 ふたたびコルトは切っ先を地面すれすれに下げ、大きく回し始めた。そして、またしても下段から喉元を狙う。しかし、先ほどの打ち込みには多少なりとも驚いたようなヘルトルーデスも、おなじことの繰り返しとなったらなれたものだ。おなじようにマチェーテで払い、間合いを取りながらコルトをにらみつける。
 だが、コルトはまたしても切っ先を下げ、それまでとおなじようにゆっくりと回し始めた。
 その時、決闘が始まってからずっと無表情だったヘルトルーデスの目に、少し怒ったような光が宿る。
 しかし、その怒りは同じ攻撃を繰り返されたことへのものではなかった。それは別の、もっと卑怯卑劣で卑しいふるまいへの怒りであることに、ヘルトルーデスのマチェーテがコルトのサーベルを払ったところで、メルガールも気がつく。
 サーベルとマチェーテが打ち合う瞬間にあわせ、コルトはくわえた布を引っ張って、ヘルトルーデスの姿勢を崩そうとしていたのだ。
 もしかして、コルトはこの形式になれている?
 そう思いつつコルトの様子をうかがうと、メルガールにもこれまでの奇妙な剣術が、実は理にかなっていたことがわかってきた。
 まず、互いのくわえた布がじゃまになるので、特に中段の突きや打ち込みは致命傷を与えにくくなる。かといって上段に構えると防御がおろそかになり、さらには下段からの突き上げも察知しにくくなってしまう。それに加え、口の中では布が水気を吸ってしまい、急な動きに対応するたびに、呼吸を整えるのが苦しくなっていく。
 コルトはあらかじめそれらの要素を計算に入れつつ、先ほどから奇妙な剣術を繰り出していたのだろう。
 とはいえ、ヘルトルーデスもなかなかのもので、すでに卑怯な小細工を見切っていたのか、こんどは腰を据えて歯を食いしばり、反対にコルトを引っ張ってみせた。コルトは、ヘルトルーデスの対応にやや驚いたような素振りを見せたものの、それでもなおサーベルを低く構え、切っ先を回し始めた。
 広場に集まった農民たちからも、いい加減にしろと言わんばかりの決闘歌が聞こえ始める。
 とはいえ、ヘルトルーデスにも打つ手はなさそうで、コルトが打ち込むたびにマチェーテで払うものの、それ以上の事はしない。ただ、いくたびか打ち合っている間に、コルトのサーベルが少しずつ曲がり始めた。
 そもそも、細い、それもなかば儀式用のサーベルを重たいマチェーテに打ち付けるのだから、むしろよくもったほうとさえ言える。だが、そうこうしている間にサーベルはほとんどL字に曲がり始めた。もはやサーベルとしては使いものにならないだろうが、それでもコルトは構えを崩さない。
 そして、またしてもコルトが下から上へサーベルを振り上げたとき、おおむね半分ほどのところから、刀身がポッキリ折れた。
 チャリーンと、折れた刀身が広場の石畳に跳ね返り、農民たちも歌うのをやめる。
 ヘルトルーデスも動きを止め、そして、その場の誰もが聖女の方をみた。
 だが、そのとき。
 群衆の中からコルトの手下である奇妙な帽子姿の男が現れ、酒に焼けたような声で「取れ! 同志カピタン!(トメ・エスタ! カマラーダ エル・カピタン!)」と叫び、山刀ほどもあろうかという大きなナイフを投げ入れる。
 こんどはナイフが全員の眼差しを吸い寄せ、コルトがそれをひろうであろうと、だれもみなそう思っていた。

 コルト以外は……。

 ナイフへ歩み寄ろうとしたかにみえたコルトは、次の瞬間ヘルトルーデスへ飛びかかると、隠し持った小ぶりなナイフで、下から突き上げるようにのどへ斬りかかる。しかし、ヘルトルーデスは頭をおおきくふり、くわえた布を引きながら顔を隠すようにして、コルトの一撃をかわした。バランスを崩したコルトの上から、ヘルトルーデスがマチェーテの柄を振り下ろす。
 ところが、コルトはかろうじてそれをかわし、ふたりはもつれ合うようにして倒れた。そして、先に立ち上がったヘルトルーデスが、マチェーテを振りかぶった瞬間。

「クチーヨ(ナイフ)!」

 コルトが下から小ぶりなナイフを投げると同時に、メルセデスが叫ぶ。ぐっと上体をそらしナイフをかわすヘルトルーデスの口元で、布を裂く音が響いた。そらした上体を戻す勢いを乗せつつ、ヘルトルーデスはマチェーテで眼の前の空間をなぎ払う。
 そこには、ナイフを投げて伸び切ったコルトの腕があった。
「ぐわ!」
 コルトの悲鳴とともに、切り飛ばされた腕が宙を舞う。
 吹き上がる血しぶきの向こうから、聖女の声が響く。
「決闘は終わった!(エル フィナル デル デュエロ!)」
 しかし、それを待ちかねていたかのように帽子姿の男達が広場へなだれ込み、集まっていた農民たちを手当たりしだいに殴りつけはじめた。
 悲鳴と怒号が交錯する中、メルセデスとメルガール、そしてエル・イーホはヘルトルーデスのもとへ駆け寄り、互いにかばい合いながら正面の扉をこじ開け、廃寺へ逃げ込む。幸い、廃寺と言っても人の出入りはあったようで、内部はそれなりに片付いていた。
「まぁ! ルティータったら! ひどい怪我じゃない!」
 顔を血まみれにしたヘルトルーデスにとりすがり、メルセデスが大きな声を上げた。
「ミエントラス ノ ムエラス、ソロ エス ウナ シカトリス!(死なない限りはかすり傷よ!)」
 ヘルトルーデスも負けじと大きな声を出すが、ざっくり切られたほほの傷から、血しぶきが飛び散ってしまう。
「メルガール! はやく治療して!」
 珍しく取り乱したメルセデスに、メルガールは少し落ち着くよううながし、ヘルトルーデスの傷を確かめる。案の定というか、ほほの傷とは別に乳房の下にも切り傷があり、脇は血でぐっしょり濡れていた。
「傷はふたつ、まとめて奇跡術で治療します。願訴人はメルセデス、助訴人はエル・イーホで、はじめますよ」
 そう言ってヘルトルーデスを床に横たえ、メルガールは手早く葉巻に火をつけた。

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