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サブカル大蔵経676山田風太郎『忍びの卍』(角川文庫)

驚愕の忍法に大部分を割かれているが、本書の真の主人公は大老・土井大炊頭利勝。山口貴由『衛府の七人』最終巻では甲冑に身を包み家康と秀忠を繋ぐ最側近として登場。この目立たない大黒柱を、さすが、山田風太郎は描いていてくれていました。土井の深謀遠慮で確立された江戸幕府は、同時に何を犠牲にしたのかも風太郎は注視。その奥に現代がある。現代の始まりの書。

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大炊頭のところへ、はじめて老職を命ぜられた人が来て、大体の心得をきいた。これに対して大炊頭は、「なに、丸い棒で四角な器をかきまわすようにしておられればよろしい」といった。p.94

 焦らずこねる。

のちに彼の後継者となった松平伊豆守信綱が評したという。「(中略)大炊頭どのは容易に決せられず、日を経てだんだんよい御思慮を出されてくる。大炊頭どのこそ真の智者というべきであろう」p.94

 知者ではなく、〈智者〉。

徳川忠長。このとし二十七歳。兄の将軍家光より二歳の下だが、祖母のーといってもあまりに若くして死んだー織田家のお市の方の世にきこえた美貌は、兄よりもこの忠長の方に伝えられている。p.158

 本書のもう一人の主人公。山口貴由は暴君として描いたが、風太郎は違った。

抗争は陰湿をきわめた。次男国千代を愛する秀忠の御台が織田信長の姪で、長男竹千代をおしたてる乳母の春日の局が明智光秀の姪であるということも宿命的であった。p.176

 織田と浅井の血を受け継ぐおごうが母。淀君の妹だから、忠長と秀頼はいとこか?江戸時代とは、織田・浅井・羽柴・明智の血が徳川の身体を借りて蘇った時代か。

大炊頭はしずかにひざの黒猫をなでながらつづけた。p.198

 ラスボス感ありますね。

徳川家光の死後、大奥から三千七百人の女を解雇したという記録がある。全員解雇ということはあり得ないから、以て大奥に勤仕していた人員の膨大さを想像するに足りる。これが、すべて女だ。男は一人も入ることを許されない女人国なのである。p.204

 この女人国を束ねる春日局。

「相手は天海大僧正じゃ。いや、わしも冷や汗をかいたぞや」p.308

 天海すらも謀る大魔王・土井。

しかし、このいきさつで、上からの圧力を以てしても、いかに忠長を護る同情の壁が頑強であったか。p.432

 幕府の人柱となりし人たち。

「徳川家は、恐れながらもはやおんあるじの御賢愚を以て左右されるべきものではない、そのおん屋台を磐石たらしめる骨組みは別にある。ーこれはわしの恣意ではないぞ。神君の御遺訓じゃ」大炊頭の微笑みは消え、その姿はまさに磐石のごとく森厳なものに見えた。p.523

 森厳という表記にふさわしい巨人か。将軍個人よりも幕府組織の安定。野中広務の動きにも似ているような。

 

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