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サブカル大蔵経407パリッコ『天国酒場』(柏書房)

 酒に関するエッセイは〈自分〉がむくむくと這い出してきがち。パリッコさんも自分を開けっ広げに隠さないのだけれども、なぜか全く嫌味がない。文章すべてが、布施的な感じがして心地よい。

 味に驚き、店に感謝し、店主に委ね、街を愛する姿勢。本書では、そこまでの道のりも楽しむ…。あくまでも自分以外の対象を抒情的にきわだてる。

当時の僕は、酒飲みとしてちょっと肩に力が入りすぎていたように思う。/老若男女誰もが、ただ幸せそうにのびのびとした時間を過ごしている。僕は、今までの自分がいかに浅はかだったか、を思い知った。そして、たぬきやに限らず、チェーン店にも名酒場にもそれぞれの良さがあり、楽しみかたがあるということに、突然気づいたのだった。p.182

 本書は、現時点でのパリッコさんの代表作であり、私たち飲み助を支え、導くバイブルといえるのでは…?

埼玉県飯能市、秩父線吾野駅、入間市、大宮、三島市、神戸市布引、須磨区、横浜市都筑区、青梅市、あきる野市、二子玉川、石神井、井の頭公園、豊島園、上野公園、杉並区、大田区、品川区、浅草地下街、川崎市稲田堤。

 酒エッセイと関係のなさそうな地域。観光という言葉の再定義が求められるほど、隠されていた地域の凄さがパリッコさんによってあきらかになる。

 橋本屋・武蔵野園・おんたき茶屋・井泉亭・阿部商店・澤乃井園・ルナティック・マサラ・東照宮第一売店・奥武蔵美晴休憩所・#dilettante cafe・伊勢屋鈴木商店・須磨浦山上遊園喫茶コスモス・屋台ラーメン大吉・ゆたか・割烹川波石びき手打ちそば処・大宮公園三浦売店・多摩River・一龍屋台村・福ちゃん、たぬきや…。

 天国酒場と認定されたお店の名前を並べただけで幸せになれそう。〈酒場〉の名前か?というところもたくさん出るのが本書の真骨頂。お店との出会いと、喜びと悲しさ。連載一年の間に三軒が閉鎖とのこと。

 私が行ったことあるのは、浅草の焼きそば「福ちゃん」と三島の街でした!

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やっていることは立ち食いそば屋と同じなのに、食べているのはフレンチ。最高だ。p.66

 ニコタマのセルフフレンチの底力…。

はるか遠く下界の景色を眺めながら飲んだウーロンハイは、僕の飲酒史に確実に刻まれる一杯となった。p.84

 「飲酒史」という発明感あふれる言葉。

お茶が美味しくてびっくりするなんて経験は生まれて初めてだったので、女将さんに「美味しいですね」と伝えると、なんと窓の外に見える茶畑で、一家で栽培しているものだそう。p.90

 声かけから広がる世界と真実。旅の醍醐味は普通の駅前の休憩所に入る勇気から。

三島駅へは、品川駅から新幹線ひかり号に乗ればなんと35分。さらに驚いたのは、降り立った三島の街の素晴らしさだ。p.99

 三島市はいつも乗り継ぎで降りていて、素敵な街だなーと思っていたので嬉しい。

店内には、シャ乱Q、ウルフルズ、X JAPAN、小室ファミリーなど、90年代のヒット曲が延々と流れている。自分が最も多感だった頃に流行っていた音楽とこの光景。はっきり言って、完全に死後の世界だ。p.115

 この名文、大蔵経に相応しい。

ビルの壁に直接テレビがかかっていて席から見られるようになっていたり、とにかくまだ謎多き店だ。p.125

 入間市の屋台行きたかったなー。埼玉県の豊かさ、埼玉幻想がまた高まりました。

武蔵五日市駅は、豊かな自然を誇る秋川渓谷への玄関口としても知られていて、駅を出て少し歩くとすぐに清らかな水をたたえる秋川の河原にたどりつく。p.140

 ご門徒さんの息子があきる野に住んでいて、訪ねたら、旭川より田舎で驚いたよ!と聞かされていたので、うらやましくて、いつか五日市線に乗って行きたいなーと思ってたら、さすがパリッコさん!行く理由がまた増えました^_^

なんだか飲み進めるうちに、「あっちがこの世でこっちがあの世」ってな気分になってきたけど、そうそう、これこそが天国酒場で飲む醍醐味なんだった。あぁ、今日も天国酒場は楽しいなぁ。p.179

 こういう臨場感がパリッコさんの文章の真似のできなさ。グルーブ感を感じます。

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