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3回目の自己紹介

はじめまして、おはぎと申します。
札幌の求人事業会社でwebサイト管理運営をしながら、2人の子供のお母さんをしています。

noteを開設してから何度かリスタートをしているものの続かないことを繰り返しているので、改めて自己紹介をしたいと思います。
過去の自己紹介はこちら

今回の自己紹介は、社会人歴で行ってみようかなと思います。


社会人になるまで

生まれは和歌山県串本町です。家から30秒で海岸というロケーションで5人家族の末っ子としてのんびり育ちました。
人生1回目の転機は8歳。
父の転勤で大阪に引っ越し。田舎の1学年10人しか居ない小学校から1学年100人の小学校に転校し、戸惑ながら築いて行った友人関係が私の性格の土台になったように思います。小中高と大阪ですごし、大学は京都へ。ここでも転機が訪れます。大学で迎えた転機は、今札幌に住むことになった事情にもつながってきます。(この辺は別途書きたい)

さて、ここからは社会人となってからの18年を振り返りましょう。

社会人歴1年目〜6年目:Web広告代理店での解析ツール導入支援・分析作業

私の社会人歴は、東京のWeb制作会社兼広告代理店から始まりました。内定をもらった時、大阪営業所のWeb制作チームを希望していましたが、配属されてみたら東京の広告部隊のデザイナーチーム。さらに、そこからアクセス解析のチームへと半年の内に異動します。
ただ、結果的にこのチームの業務が自分にあっていたのだなと今となっては思います。

今では当たり前になりつつある「アクセス解析」や「ABテスト」は、2006年頃はまだまだ黎明期。ツールも有料無料様々なものが乱立してくる時代でした。チームも立ち上げ直後で仕事も少なく、新卒だったこともあり、学ぶ時間も取りやすかったように思います。さらに仕事が少ないことが、広告販売チームでどんどん伸びていく同期と比較しても、結構コンプレックスで自ら仕事を取りに行くことを考えて動くことができたことは、今でも仕事の取り組み方や考え方の背景になっていると感じます。

当時はビッグ・テックの4社が本格的に日本に進出してきた頃で今とは違う2000年代の日本Web業界の勢いを間近で体験したことはよかったなぁと思います。iPhoneの発売やYOUTUBE、LINEの進出など今当たり前のものの黎明期ですね。それに、Web広告が主要媒体になっていくさまを身近で体験できたこ(TVCMで流れた「ウェブで検索」の衝撃。)も非常に良い経験でした。
今も変わりませんが、流れの早いこの業界で仕事をしていくなら「自分をアップデートしつづけなければいけない」と叩き込まれた6年間でした。

社会人歴7年目〜8年目:ツールベンダーでの導入支援ならびに運用・分析担当

この会社は、当時創立5年目のベンチャー企業で、SEOを主体としつつABテストのツールも販売している企業でした。前職でそのツールの販売を担当していたご縁もあり、転職することになりました。

ここでは、ツールの運用提案、導入・運用までフォローする業務にあたります。当時のメンバーは、15人程度。皆、中途採用のベテランでスキルが高い方ばかり。自分のスキルが通用しないダメージを受けます。
代理店時代は、そもそも営業がしっかりクライアントと信頼関係を築いている中で、1メニューとして自分が立ち回っていましたが、ここではその信頼関係を最初から築いていくしかありません。
どうすれば、信頼していただけるのかをずっと考え、無理な要望を聞いてみて社内で怒られたり、お客様に足りない部分を指摘されお叱りをいただいたり。上手くいかないことのほうが多かったように思います。

それでも、周りの皆様がフォローしてくださり知識だけではなく、「クライアントのこと、クライアントのその先のユーザーのことをどれだけ知り、考えることができるか」という姿勢を学んだように思います。
また、こうしたツールを導入される企業は、Webマーケティングの最先端をいく企業が多くそこの担当者様たちの視野の広さや考え方は非常に勉強になりました。

でも、この会社にいた2年はとてもしんどかったですね。今でもいい思い出は?と聞かれると、ちょっと悩むかもしれません。苦笑

社会人歴9年目〜11年目:医療業界の人材紹介会社のWebマスター担当

ここで、代理店やベンダーから一転、事業会社に転職します。
今回の転職は「人材もしくは不動産業界の事業会社」を希望して転職しました。どちらの業界も「1人の生活に影響あるサービス」を提供していることに魅力を感じたからでした。

この会社では、3社目はこれまでの2社と違い、Webマーケティング全般に対する知識・スキルが求められました。
当時のチームは他の業務と兼任の担当者1名。忙しくてweb周りにあまり手をつけられていない状態だったためWebサイトの状況も悪く、SEOはペナルティを受けて圏外だわWeb広告の費用対効果も悪化の一途。解析ツールは入れているけど見たことがない。そんな状況でした。絶望的。苦笑
正直、未知の領域でもありましたがありがたいことに1社目・2社目でWeb広告やSEOの基礎知識やレポーティングに関われていたことが支えになったように思います。
おかげで、サイトが検索エンジンの圏外からランクが戻ったときや費用対効果を改善できたことなど求められたタスクを達成できた時は非常に嬉しかったですね。初めてちょっと自分のスキルに自信を持てたかもしれません。

一方で、ディレクション業務に関しては非常に悩みました。会社内外のしがらみが多くあり、トップダウンが強い会社だったのです。稟議を通すために根回しをしたり、関係会社に無理をお願いしたりと「社内調整の難しさ」も学んだ2年間でした。

そして、現在。

札幌に移住し、webサイト管理運営チームに所属しています。在社歴も過去3社よりも長く、8年目になりました。
入社時は、3社目とおなじくWebマーケティング全般を担当していましたが現在は、SEOとアクセス解析が主な業務でWeb販促まわりはあまり担当していません。

入社当初は、弊社も3社目と同じような状態でWebサイトの状況を少しでも良くすることに集中していました。時間も好きに使えたのでスキルアップのためのセミナー参加も残業もできる。自分の裁量と周りの協力で色々と施策を実行できる。おそらく入社4年目まではそんな感覚だったように思います。

ところが、これまでの社会人歴で経験していない事態が2つ。
2度の産休・育休、同じ会社に所属しつづけることです。
2度の産休・育休によるブランクと時間拘束(子供の世話・家庭の事情をあえて拘束とします)ができたことで、今までの仕事の取り組み方が成り立たなくなりました。
さらに、同じ会社に所属しつづけることに関しては、下記が近いように思います。

①技術的な陳腐化: 長期間同じ職場や業界に在籍すると、新しい技術や手法についていくことが難しくなる可能性があります。進化する環境に適応できなくなり、競争力が低下する恐れがあります。
②スキルの停滞: 長い間同じ業務を繰り返すことで、スキルの成長が鈍化することがあります。新しい挑戦や経験を積まないと、スキルセットの広がりが限られる場合があります。

https://coconala.com/blogs/430028/329701

実際はどうかはわかりません。自分の自己分析が足りないようにも思いますし、ブランクとの相乗効果もあってよりネガティブに感じている可能性も高いです。ただ、でも自分の中の土台が揺らいでいるというのは確か。大袈裟かもしれませんが、これまでのキャリアが無になった感覚さえあります。

これからのこと

こうして振り返ると、今の自分はこれまでとは違うキャリアの捉え方をしているのかもしれません。まだ掴みきれてないのですがどうにかポジティブに。改めて自分の「キャリア」を見つめ直して、できることをしていきたいなと思います。そして、最終的にはお弁当屋さんになりたい!(唐突)

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