見出し画像

暖房の落とし穴…「採暖」は暖房にあらず!?


健康長寿時代にふさわしい「体に優しい快適暖房」の条件とは

冬にストーブで体を温めるという考え方は、「暖房」の手段として必ずしも正しくありません。これは昔ながらの囲炉裏や焚き火と同じように「採暖(さいだん)」と言うべきものです。暖房の「房」とは部屋を意味しますから、本来は部屋や建物全体を暖めることであり、「採暖」と「暖房」は区別して考えると分かりやすくなるでしょう。

画像1


建物のプランや外皮(外壁や窓)をきちんと設計することで、冬の暖房にかかるエネルギーを大幅に減らし、快適な室内環境をつくることができます。しかし、いくら断熱性能を高めても「無暖房」というわけにはいきません。やはり暖房器具の助けが必要です。そこで、そもそも暖房とは何なのかを考えてみましょう。



暖房は人体を「加熱」するものではありません


冷房時はもちろんのこと、冬の暖房時においても「人体は常に熱を放出している」という事実を頭にいれておきましょう。
体の熱収支がプラスになるほど体を温めては、人間はオーバーヒートして死んでしまいます。体からの対流や放射による放熱量が過大にならないよう、適度に空気や放射温度を整えるのが暖房の役割なのです。

画像2

人体は夏も冬も産熱(代謝熱分)を放熱する必要があります。
室内で安静にしている時の主な放熱手段は、周辺空気への「対流」と、周辺壁への「放射」になります。
「暖房は体を加熱することではない」と聞くと、何かおかしく感じるかもしれませんが、炎や電気ヒーターに手をかざせば、明らかに手が温まります。体が加熱されているからですね。この現象の正しい解釈は、「体の一部は加熱されていても、体全体としては熱を放出している」ということなのです。
火に当たっている顔などのオモテ面は加熱されるいっぽう、火に当たらない背中などのウラ面は、空気への対流・壁への放射により冷却されているのです。
人体の代謝による放熱量にオモテ面の加熱量が加算され、ウラ面からまとめて放出されていることになります。

画像3


日本の家は囲炉裏から発生する煙を排出するために開放的な構造となり、室内空気温度を上げることが不可能なため、「採暖」に頼らざるを得なかったのです。(サーモ写真左)いっぽう、「煙突」を発明した欧米では熱と煙を分離できることとなり、日本にはない「暖炉」によって家全体を暖房することが可能になったのです。

また、韓国では屋外でたいた煙を室内床に導く「オンドル(床下を通る煙道と砕石による蓄熱床)」を発明することで、室内に煙を入れずに熱だけを入れる、煙と熱の分離を実現しました。しかし、設備が古くなると煙が室内に充満して一酸化炭素中毒による事故が多発したため、現在ではコンクリートに埋設した樹脂パイプの中にガスで温めた温水を流す「蓄熱床暖房」へと発展し、家全体を暖める暖房を実現しています。(サーモ写真右)

画像4



片側だけ加熱する「採暖」は不快で危険


日本では韓国のオンドルのような本格的な暖房が発展せず、囲炉裏や火鉢といった採暖で冬をしのいできた経緯があり、現在でも根強く残っているストーブや電気ヒーターは、こうした採暖のなごりかもしれません。

画像5

画像6


こうした「体の一部を加熱する」やり方は暖を採るということで「採暖」と呼ばれ、暖房とは明確に区別されるものです。
「伝統は結構じゃないか。採暖でいいではないか」と思われるかもしれませんが、この人体のオモテ面とウラ面で熱を移動させているのは血液です。
血液が体中を循環するうちに表面で加熱され、ウラ面で冷却されるわけです。
こんなエンジンの「液冷却」のようなことをやらせていれば、血管や心臓に大きな負担になりそうなことは容易に想像がつきますね。
「採暖」は少しの時間であれば問題ありませんが、長時間となれば不快になり、健康面でのマイナスも大きくなります。
冬場に体全体を均等に穏やかに放熱させるには、やはり空気と壁を適当な温度に保つ暖房が必要となるのです。


快適暖房の大前提は家の「断熱」と「気密性能」


日本の住宅は、いまだ情緒的に「伝統的な家づくりが日本には適している」と考えられており、断熱や気密性能が「科学が万能とは限らない」として軽視されています。さらに建築のプロですら「断熱や気密性能アップの工事はコストが高い」、「採暖でも良い」、という考え方が根強く残っています。
その結果、せっかくエアコンを使っても、低断熱・低気密な家では温度ムラが極端に大きく、快適な環境にはなりません。
写真は、エアコン暖房時における室内温度ムラを撮影したサーモ写真です。

画像8

天井や部屋の上部だけが暖ためられ、床や部屋の下半分は寒いままです。


画像9


こちらの写真は、石油ストーブによる採暖のサーモ写真です。
ストーブの放熱面とその周辺だけが暖かく、部屋全体が寒いままであることがわかります。


断熱性能を高め、家の隙間を無くして高気密を徹底することで、冬の暖房時も夏の冷房時でも、光熱費やエネルギー消費を大幅に節約しつつ、体全体から穏やかに放熱できる快適な温熱環境をつくり出すことができます。
建物性能アップの費用は、ランニングコスの軽減で回収することが可能です。

画像10


そして、高断熱・高気密による冷暖房負荷低減と、高性能エアコンと蓄熱暖房など適切な設備を組み合わせによって究極の快適暖房が実現するのです。


「採暖」がもたらすヒートショック ~ 温暖なはずの香川・兵庫・滋賀がワースト3


ヒートショックによる浴室での死亡事故は年間1万9000人にものぼるというのに、アンケートをとると「よく知らない」と答える人が約半数もいます。身近なのにあまり知られていない危険が「ヒートショック」です。
ヒートショックは、お風呂やトイレなど家の中の急激な温度差より、血圧が大きく変動し、失神や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こす現象をいいます。
このヒートショックによる浴室での死亡事故は年々増加傾向にあり、昨年は1万9000人もの方が亡くなり、同じ年の交通事故死の4倍にものぼります。

画像11


発生している県でいうと、温暖な気候の香川、兵庫、滋賀がワースト3になり、ついで東京、和歌山という結果になります。
いっぽうで、寒い北海道は沖縄についで死者数が少ないという結果になっています。以下のグラフは「東京都健康長寿医療センター」の報道発表によるもので、高齢者1万人あたりのCPA(入浴中心肺停止状態)の件数です。

画像12

北海道では冬の寒さのレベルが違うため、昔から住まいの断熱性能が高くて全館暖房が普及しており、バス・トイレも含めてどの部屋も均一に温まるようにしています。
いっぽうで近畿や関東エリアでは、夏暑く、冬寒い。こうした過酷な気候条件のわりには住まいの断熱性能が高くないため、浴槽内でのヒートショック現象が比較的多く起きるのではないかと考えられています。
日本にある家のうち75%が現在考えられている最低限の断熱性能の基準以下だといわれています。


断熱性能の高い家では高血圧が改善する


家の寒さが体に与える影響はさまざまですが、ヒートショックで起こりやすい循環器疾患(心疾患、脳出血疾患)には、血圧が大きく関係し、高血圧や動脈硬化の傾向にある人に起こりやすいといわれています。
40歳以上では、室温が低下すると血圧が上昇する傾向にあり、それは高齢になればなるほど顕著です。
住まいの断熱化を適切に施したモデル住宅での体験宿泊を行った際のデータでは、起床時血圧の低下、心拍数上昇の抑制などが認められました。
また、自宅の断熱性改修前後(起床時の平均室温が8℃から20℃へ)で比較したケースでは、起床時血圧は最高血圧で12㎜Hgの低下が見られました。 (出典:慶応義塾大学 伊香賀俊治研究室)

画像13

画像14



暖かい家には、健康にいいことがたくさん


居間とトイレの温度差が10℃以上あると、一日に移動する歩数が2,000歩も減少するというデータがあります。
寒さは運動不足の要因にもなり、運動不足は当然体によくありません。
暑さ・寒さによる住まいの健康リスクをなくすためには、家の断熱性能を向上させることが最短の道です。
冬に暖かい家なら、朝の起床や寝室から廊下に出たりするツラさが減り、活動的な暮らしを送ることができます。
それに家が暖かくなれば灯油ストーブやファンヒーターの使用を控えられ、部屋の空気もキレイになります。
断熱性能を上げると、結果的に遮音性も高めることとなり、騒音ストレスの軽減や睡眠の質の向上といった健康メリットにつながります。

画像15


断熱や気密性能の高い家にするのは新築の時だけではありません。リフォームでも十分に可能です。
断熱リフォームには様々な補助金の制度もありますのでご検討ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?