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江戸文化を描く |銀座くのや 1977

「京都じゃないよ、江戸だよ」こう言って設計を依頼したのは銀座くのやの菊池泰司さんだ。あのころが懐かしい。しょっちゅう、連絡があって呼び

出される。目的は江戸文化の僕への教育である。僕に設計を依頼しながら、僕がちゃんと江戸文化を理解しているか心配だったのだろう。
もっぱら新橋だったのだが、時々向島だったと思う。遊び方がうまい・・・そうこうする内に僕の方から「江戸文化をもっと学びたい」と催促した
ぐらいである。
京都は戦火を免れて今でも伝統的な街の雰囲気も伝統産業も残っているのだが、東京はすっかり変わってしまった。江戸文化は影も形もない。銀座の
若衆たちの心の中に残っているものだけに思えている。銀座くのやは木造の二階やだった。間口は6メートルほど、そこに建っていた木造の建屋を
鉄骨コンクリート造にして立体的に使いたいというのだ。しかも江戸の文化でつくれという。

実に濃密な設計だった。狭い間口をフルに活かすべく、柱は幅45センチに1階から6階まで同じ寸法で収まっている。低層階は柱の数が多く、
高層階になるとそれが減少する、そんな設計だった。しかも、隣地と建築との距離は普通30センチほど空けるのだがゼロである。工場で生産した
パネルを現地で立ち上げる方法でつくっている。壁パネルを工業化して、床は現場でコンクリートを打ち込むやり方だ。建築学会賞にノミネートされ
ながら受賞を逃している。一階の内装が僕のデザインではないからだという。

江戸文化は現代の日本の美意識の頂点ともいうべき時代だった。明治になってから近代化が始まるのだから近代化直前の最後の野性思想の時代の、
完成期だったと言ってもいいだろう。京都の美意識が室町の朝廷の文化だとすれば、江戸の美意識は江戸の町人の美意識だったのである。京都の
文化とは全く異なったもう一つの文化が江戸の美意識としてあること、今では建築や街とともに表現するのは難しくなった。しかし、この江戸の
町人文化こそが現代の美意識として残っているだけではなく、近代化以後の市民文化を支えてきたともいえるだろう。

江戸の文化は葛藤の文化だった。「気っ風」とか「粋」は江戸文化の代表的な美意識である。貧乏なのに「宵越しの金は持たぬ」と見栄をはり、
苦界に身を沈めながら開き直って華麗に生きる、そんな文化だった。歌舞伎に見る反骨精神はこの江戸の文化と一つになっている。京都の華麗な
室町の文化が背景になりながらもう一つの美しさを完成させたのが江戸だった。それが現在の東京に生き残っていないのが残念である。

この銀座くのやはコンクリートの革新的な工法によっている。しかも、それが着物の装飾品、和装小物という伝統的な文化の店だった。革新的な
工法の建築の内装が伝統的な手法によっていたのも重要なポイントなのだが、学会賞の審査員たちはその思想を理解できなかった。
「京都じゃない、江戸だよ」という菊池泰司さんの声がいまでも聞こえてくる。人間は「記憶と願望」の間に生きている。歴史、或いは伝統と
革新的な姿勢のあいだに生まれる葛藤の中で生きている。その美意識はまさに江戸の美意識だったのである。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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