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宮忠と鋳鉄と立方体 |鋳鉄の箱

宮忠さんという鋳鉄の工房がある。どんなきっかけだったかは忘れたのだが、盛岡のこの工房を訪ねてこの「鉄の箱」をつくってもらっている。その後、商品化したわけではないので何一つその恩に報いることはできていないのが今でもこころに引っかかっている。

鋳鉄とは鉄を砂型に流し込んで成形する手法である。灼熱の溶けた鉄を流し込む風景は感動的ですらある。その後、東京芸大の教授だった鈴木盛久という工芸作家の跡継ぎの15代盛久さんと風呂と釜を制作したことがあるのだが、今は盛岡の清光堂の十代目、佐藤琢実さんにお願いしている。要するに歴史のある職人技なのだ。

鉄は大地から掘り出した素材である。それを再び熱で溶かして整形するのだからその製造のプロセスから強烈なイメージがでこぼこの砂型の跡とともにその表面に顕れる。これがたまらなく感動的なのだ。

このあらあらしい表面をもつ、灼熱の記憶をもった鋳鉄が、その性格と全く反対の幾何学的形態に閉じ込められている。これが僕の美意識なのである。
美とは調和ではないのである。美とは葛藤なのではないかとおもっている。
美を調和だと考えるのはヨーロッパの美意識だ。キリスト教にその出発点がある、そして、古代ギリシャの美意識をキリスト教的に理解して、調和と考えることになったのだと思う。神が世界をつくったのだから葛藤であるなどという考えは許されない。美は調和でありそれは裸体の男女やオリンピックのような健康な身体に表現される。

粋について九鬼周造は、美とは江戸時代の遊女が好きな人と愛し合うこともできず、反抗しながらも我慢してあきらめを経て諦観しその瞬間に止揚することで生まれるものだ、と言っている。
日本を始め、原初思想が残っている非キリスト世界では、世界は多様性とその葛藤が支配する世界観なのであり、美も多様な価値の葛藤に顕れるのである。

人生は「大きな流れに抗いながら流される」ことだと思う。

鉄の箱は幾何学とどろどろした渾沌がせめぎ合っている、そんな美を顕していると考えている。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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