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小さいクジラと海賊船【短編小説第2話】

小さいクジラと海賊船 2

カズ君とるいちゃんは、小さいクジラ君を飼うことにした。
でも、クジラって何を食べるんだろう?
カズ君はクジラ君に尋ねた。

ねえ、クジラ君は、何を食べるの?
小さいクジラは、
本当はイカが食べたいけど、なければ小さい魚やエビでいいや、
と言った。

ねえ、ママ、
クジラ君、イカ食べたいんだって。
今晩イカのおさしみにしようよ!
るいちゃんが言った。
ママは、魚が「イカが食べたい」なんて言うわけがないと思ったけれど、きっと何かで調べたんだろうと思って
そういえば冷凍していたイカがあったわ。それ溶かして食べましょう!
と言った。

夕飯後、イカのさしみの切れ端をクジラ君にあげると、クジラ君は
なんて久しぶりなんだ!やっぱりイカはおいしいなあ
と喜んだ。

イカがない日は、しらすや、乾燥した小エビを水でもどしてあげたら、おいしそうに食べた。
小さいからだのわりにたくさん食べる。
やっぱりクジラなんだなあ。

ところで、どうしてクジラ君は、あそこであの海賊たちを閉じ込めていたの?
るいちゃんが訪ねた。
小さいクジラは、
シューっと軽く潮を吹くと、ゆっくりと話し始めた。

昔、まだ私が小さかったころ、
お母さんと二人で、楽しく泳いでいたんだ。
その時運悪く、くじら捕りの漁師に見つかってしまった。
お母さんを捕らえようとした漁師が、ふと私に気が付いた。
子クジラがいるぞ!やめよう!
と彼は叫んだ。
他の漁師も、子連れのクジラはやめとこう、などと言って、
そのまま見逃してくれようとしてたんだ。

その時だった。いきなりあの海賊船が目の前に現れた。
海賊船の船長は、ぞれがくじら捕りの船だとわかると、
なんだ、金目のものはなさそうだ。
と言った。
それなら、さっさと消えればよかったんだ。
それなのに、船長は
えいっ、無駄足踏ませやがって!
邪魔だ邪魔だ!とその船に大砲を討とうとしたんだ。
母さんは、自分たちを助けてくれた漁師さんたちを、今度は自分が助けようと、海賊船に体当たりしたんだ。
怒った船長は、その大砲を母さんに向けて打ったのさ。
大砲は母さんに命中した。
それを見て、船長は大笑いして消えていったんだ。

母さんは、その傷がもとで死んでしまった。
私は、悔しくて悔しくて、長い間その海賊を探し回って、ようやくそのアジトを見つけ出したのさ。
まさか小さくなる魔法がかけられているとも知らずに、洞窟に入り込んで、小さくなってしまったけれど、洞窟の中では奴らも小さいし、自分たちの洞窟の中で下手に大砲を討って崩れたら大変だからか、大砲で狙われることもなかった。
それに体が小さくなった分、やつらが攻撃してきても、岩場の影に隠れることができたしね。
そして、彼らが洞窟から出て大きくなったら太刀打ちできないから、出る前に、船の下に潜り込んで船を持ち上げたりして、出られないようにしていたんだ。

カズ君とるいちゃんは、その話を聞いて、悪い海賊たちを洞窟から出す手助けをしてしまったことをとても後悔した。

翌日から、度々船が海賊船に襲われ、取った魚や、積荷を奪われたり、時に女性を誘拐されたりする事件が頻発しだした。
襲われた船の船員達は皆口を揃えて言った。

音もなく、レーダーにも映らずに、気がついたら突然目の前に帆船が現れ、襲われたんだ!

二人は、目の前であっという間に消えた、あの帆船を思い出した。

二人は小さいクジラに聞いた。
あの船はどうして消えるの?

奴らは魔法使いだ。
自分たちの姿や船を消すことができる。
あの洞窟にも、入った物を何でも小さくしてしまう魔法がかかっていただろう?
あれは、彼らが隠れるためにしたことのようだったけど。
それに、普通の人間には彼らが見えない魔法もかかっていたらしい。
ほんとにたまに人間がくることはあったけど、だれにも船も彼らも見えないようだったから。

るいちゃんが
私たち小さくならなかったし、船とかおじさんたち見えたね。
というと、カズ君も、
なんでかなあ?
と首を傾げた。

クジラ君も、その理由はわからないようだった。

ねえ、クジラ君はもう元の大きさに戻れないの?
るいちゃんが訪ねた。
小さいクジラは言った。

龍涎香りゅうぜんこうがあればなあ・・・

龍涎香ってなあに?

マッコウクジラの腸の中にできる石なんだ。
見た目は石のようだけど、水に浮くし、とってもいい香りがするんだ。
龍涎香をほんの一口でも食べたら、もとの大きさに戻れるし、それがあったら、悪い魔法使いを退治することができるはずだ。

退治することができるの?

うん、昔年寄りのクジラから聞いたことがあるんだ。
自分達マッコウクジラは、腸内に海の魔法使いを倒す不思議な石を持っているって。

龍涎香って、どうやって見つけるの?

年を取ったマッコウクジラの体内にあるものだけど、海岸に落ちてたり、海に浮かんでたりすることもあるらしいんだ。
まあ、簡単には見つからないだろうけど・・・。

小さいクジラは、困ったように言った。

それなら、なんとしてでも、その龍涎香を見つけなくっちゃ!

次の日から、カズ君とるいちゃんは、暇さえあれば海岸に行って、龍涎香を探した。

水に浮く石だよ!これじゃない?
と二人が持ってきたものは、軽石だったり、漁師が使う浮きだったり、汚れた発泡スチロール、木切れなどばかりで、その度に小さいクジラは、残念そうに首を横に振った。

ゴールデンウィークになると、単身赴任していたパパが帰ってきた。
パパは、バケツの中のクジラを見て、とても驚いた。
この、クジラみたいな魚はどうしたんだい?
クジラみたいじゃないよ、くじらだよ!
二人は、声を合わせて言った。
このクジラ、おしゃべりできるんだよ!
るいちゃんが言うと、
そんな馬鹿な、とさすがにパパも信じなかった。
そしてなぜかクジラ君は、パパの前ではしゃべらなかった。

パパ、あの洞窟、ほんとに海賊がいたんだよ。
と話し出すと、パパは真剣にカズ君とるいちゃんの話を、聞いてくれた。
そして、すべて聞いたパパは、話し始めた。

実はパパも子供の頃、あの洞窟で小さい海賊船を見たことがあるんだ。
昔、海に浮かぶ不思議な石を見つけて、それを追いかけているうちに潮に流されてちゃってね、
ようやくそれを手にした時には、洞窟の手前まで流されていたんだ。
せっかくなら、その洞窟の中を見てみようと思って中を覗いた時に、小さい海賊船と海賊たちを見たんだ。
でも、怖くなって逃げ出して、必死に泳いで戻ってきたんだ。
後から、半分夢だったのかな?なんて思ったんだけど、
やっぱり夢じゃなかったんだって、今思ったよ。

あ、そういえば・・・
もしかしたら、パパがその時に見つけた不思議な石、龍涎香かもしれない。
立ち上がったパパに、二人は声をあげた。

パパ、持っているの?

パパは、無造作に床の間に置かれていた石のようなものを持ってきた。

え? それ?
それは二人が洞窟に行く前日に、これ石みたいだけど、すごく軽いよー、なんて言って触って遊んでいたものだった。

灰色っぽい色で、確かに普通の石でも軽石でも、木切れや発泡スチロールでもない。
動物的なちょっと生臭いような、潮の香りのような、でもほのかに甘い匂いがする不思議な物体だった。

さっそくそれを小さいクジラに見せると、

こ、これだよ!

小さいクジラは、思わず叫んだ。
それを見ていたパパも思わず叫んだ。
ほんとにしゃべった!!

クジラ君は、そんなパパにかまわず、興奮して話し続けた。

君たちの家にあったんだね。
これのせいで、君たちは、海賊が見えたり、小さくならなかったり、船長の光線もはねのけることができたのかもしれない!

小さいクジラは嬉しそうに言った。

一口食べてみる?
るいちゃんが小さいクジラに言うと、
ここでたべて大きくなったら、海に帰れないじゃないか!
と小さいクジラはおかしそうに笑った。

なんで、はじめパパの前でしゃべらなかったの?
カズ君が聞いた。
大人というものは、得体のしれない物を危険なものとして排除しようとするからね、でも君たちのパパは大丈夫そうだ。

パパも、満足げにうなづいた。

翌日パパがボートを借りてきてくれた。
パパとカズ君とるいちゃんとバケツの中のクジラ君は、そのボートに乗り込んで、沖に出た。
ポケットには、あの龍涎香が入っている。

るいちゃんは、いざとなると、クジラ君とのお別れが寂しくなった。
でも、クジラ君のためには、我慢しなくちゃいけない。

小さいクジラは言った。
ボクは、龍涎香1口でもとに戻れるけれど、できればあの悪い魔法使いの海賊をやっつけるために、残りの龍涎香を僕にくれないだろうか?
貴重で高価なものだとわかっているけど、それしか彼らを倒す方法はないんだ。

カズ君とるいちゃんは、パパの顔を見た。
パパは、にっこり笑って言った。
もちろん!そのつもりさ。

小さいクジラは、喜んで、計画を打ち明けた。
ボクがもとの大きさになったら、僕の背中に乗って、一緒にあの洞窟前に来てほしい。昼間は彼らは洞窟で休んでいるはずだ。
ボートでいくと見つかってしまうし、パパさんは大きすぎて目立ってしまう。
出来たらカズ君とるいちゃんに来てほしい。
行く!行く!
と二人は大喜び。
でも、パパは心配そうに
危険はないのかい?と聞いた。
二人は僕が絶対に守ります。
それに二人には、龍涎香がなくなっても数分はその香りの守りの力が残っていると思います。

パパは、小さいクジラの言葉を信じて、沖で二人を待つことにした。

カズ君は、龍涎香のちいさなかけらを、バケツの中の小さいクジラ君に食べさせると同時に、海に放した。
小さいクジラは、見る見るうちに大きくなり、3人が乗っているボートの1.5倍くらいの大きさになった。

じゃあ、僕の背中に乗って!
カズ君とるいちゃんは、クジラの背中にまたがった。

頭を低くしていてね。
クジラ君は、静かにすべるように進んだ。

カズ君もるいちゃんも、これから海賊を倒しに行く怖さよりも、くじらの背中に乗っていることに興奮していた。
僕たち、クジラの背中に乗ってる!!

波は静かで、太陽が背中に照り付け、
海の風が心地よく、二人のほほを撫でた。

あっという間に、海賊の洞窟が見えてきた。

クジラ君、洞窟に入ったら、又小さくなってしまうよ!
るいちゃんが言う。
大丈夫、まだ口の中に龍涎香が残っている。

洞窟の入口に到着すると、クジラ君と二人はそっと中の様子をうかがった。

クジラ君が言った。
よかった。海賊たちは中にいるようだ。

よし、と言ったら、残りの龍涎香をぼくの目の前に投げてくれ!
そして頭を下げて、両手両足でしっかり僕の背中にくっついているんだよ。
洞窟の中に入ったら、滑り降りて洞窟の隅で隠れていてくれ。
わかった! 
二人は、急に緊張してきた。

数秒後、くじらが
よしっ
と叫んだ。
カズ君が、龍涎香の残りを、くじら君の前に放り投げると、くじら君はそれをぱくりと口の中に入れて、急にスピードを上げて、砦の中に突っ込んだ。

そのスピードに驚いたるいちゃんが、洞窟の入口でクジラの背中から滑り落ちそうになった。
るい!
思わずカズ君が出してしまった声で、海賊たちに気付かれてしまった。
海賊たちが叫んだ。
あのクジラが、突っ込んでくるぞ!
カズ君は、るいちゃんの身体を支え、洞窟に入るまでなんとか耐え、洞窟に入ると滑り降りて、洞窟の中の陸地に避難した。

海賊たちは、クジラ君に向かって大砲を討った。
小さい海賊船の小さい大砲は、大きくなったクジラ君の背中に当たったけれど、クジラ君の背中で、ボンと爆ぜただけだった。

クジラ君はそのまま突き進み、海賊船の手前までくると、大きな口を開けて
ぶわ~っと何か光る霧のようなものを吹きかけた。

洞窟内は、一気に龍涎香の香りに包まれた。
海賊船は見る見るうちに、錆びて、朽ちて、崩れてなくなった。
そして、海賊たちは赤いカニになって、岩の隙間に逃げ込んで行った。

カズ君とるいちゃんは、クジラ君に駆け寄った。
クジラ君は、大きな体で狭い洞窟に入り込んだので、周りの岩に当たって傷だらけだった。
背中も、先ほどの大砲の黒焦げが残っていた。

クジラ君、大丈夫?

大丈夫だよ。クジラ君は、疲れ切った顔で行った。
こんなのかすり傷だから。

ふと見ると、足元にひときわ大きな赤いカニがにいた。
こいつ、船長じゃない?
るいちゃんは、そのカニを踏みつけようとした。
それを見て、カズ君は、
やめときな、もう何の殺気も感じない、ただのカニだよ。
このカニも、きっと悪い魔法使いに、魔法をかけられていただけさ。
と言った。
クジラ君も、うんうんとうなづいている。
大きなカニは、安心したようにゆっくり岩陰に入っていった。

何もなくなった洞窟の中で、クジラ君は言った。
この香りがなくなる頃には、もうおしゃべりできなくなる。
カズ君、るいちゃん、ありがとう!
これからも、仲良く助け合って暮らして行ってね。
パパさんにもよろしくね。
カズ君とるいちゃんは、目に涙をためて、うんうんとうなずいた。

それからクジラ君は、二人を乗せて、パパさんが待つ沖のボートに戻った。
パパさんは、二人を見ると、ほっとした顔でほほ笑んだ。
でも、近くまでくると傷だらけのクジラ君を見て、驚いた。

さあ、と二人を船の上に引っ張り上げると、クジラ君に
ありがとう!君、大丈夫かい?
と言った。
クジラ君は、元気にシューっと潮を噴き上げると、ボートの周りを2回ほど回って、
キューッ キューッ
と鳴いた。
もう、おしゃべりできないんだね、
パパが言うと、
きっと、大丈夫だよって言ってるよ。
カズ君が言った。

元気でね!元気でね!
又、会えるといいね!
カズ君と、るいちゃんが手を振る中、くじら君は深い海に潜っていった。

さようなら クジラ君。
涙を溜めてカラのバケツを握りしめ、海を見つめているるいちゃんの肩に、カズ君はそっと手をかけた。

今度また龍涎香探しに行こうぜ!


(小さいクジラと海賊船 終)

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