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春の少女  1

その夜、ショウタは、ゴーゴーという風の音や、ガタガタといえがきしむ音で、なかなか眠れなかった。
まるで台風みたいだ。
ショウタが、窓から外を見ると、街灯の下で、木の枝が激しく軋んでいる。

寝る前にお父さんが、春一番かな、と言っていた。
こんなに強い風が吹かないと、春が来ないのか…
でもこれじゃ、せっかく咲いてる梅の花、落ちちゃうんじゃないかな?

ショウタは、公園の梅の木を思った。
それは今、まさに真っ白な花が満開だった。
大丈夫かな。


その梅は、ショウタがお母さんと一緒に最後に見た、思い出の花だった。
ショウタは今、お父さんとおじいちゃんとおばあちゃんと4人で暮らしている。
お父さんとお母さんは、ショウタが4歳の時に離婚した。

その日、ショウタは、それまで何度もお母さんと遊びに来たこの公園にやってきた。
そして、お母さんが、次の日家を出る事を聞いた。
お母さんは、ショウタを置いて行きたくない
と言って泣きながら、ボクを抱きしめた。

ボクもお母さんと一緒に行く。
そう言ったけど、お母さんは泣くだけだった。

その時、梅の木は真っ白な花が満開だった。
その花の白さが、僕の心を、ますます悲しくさせた。

お父さんとお母さんに何があったのかはわからない。ただそれ以降、僕はお母さんとは会えなくなったのだった。


翌朝、外に出ると、家の前は、枯れた枝や落ちた葉っぱだらけだった。

ボクは、梅の木が心配で、公園に見に行ってみることにした。
まだ風は強く、羽織ったジャンバーの上着がバタバタと音を立てて、ショウタを叩いた。

公園までの道は、看板が倒れていたり、どこかの家の鉢植えが倒れていたり、ゴミ箱が道路に転がっていたりした。

公園に着くと、ショウタは梅の木の前で、木を見上げている少女に気がついた。

僕と同じくらいの歳だろうか…
見たことがない子だ。

ショウタが近づくと、少女は一言

折れてしまった…

と言った。

見ると、梅の花は、まだ完全に散ってはいなかったけれど、花がついた梅の枝が一本折れて垂れ下がっている。

もう年寄りの木だから、風に耐えられなくて折れてしまったんだと思うよ。

僕が言うと、少女は

せっかく花が咲いていたのに…

と悲しそうに呟いた。

どこから来たの?
僕が聞くと、彼女は神社の森の方角を指差した。
名前は?
どこに住んでるの?

それ以降、彼女は何を聞いても答えず、黙ってしまった。

僕は、どうしていいかわからずに、
バイバイ
と手を振って、家に帰った。

あの子は誰だったんだろう。
可愛い子だった。
ちょっとショウタの好みだった。

そう考えると、ちょっと顔が熱くなった。

明日も会えるといいな



第2話

第3話

第4話

第5話(最終話)


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