医療機関や医師に法律上求められる医療水準とは


1.はじめに

 医療水準論とは平たく言うと、医療機関と言っても大学病院や総合病院、町医者や診療所など規模や医療機器、医療資源も大きく異なる中で、それぞれの医療機関や医師に対して法律上(主に民事上)どのような治療技術水準が求められるかを示すものである。

2.損害賠償の法律構成

 まず患者が医療機関や医師に損害賠償を求める場合、法的構成としては、【民法709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。】という不法行為による損害賠償請求によることになる。そうすると原告となる患者が立証するのは、➀「過失」②「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」こと③「損害」の発生④「によって」=過失と損害の因果関係である。
 なお、患者と医療機関の間で診療契約[民法上の典型契約としては準委任契約(民法656条)が結ばれ、診療契約上の義務違反を理由とする債務不履行による損害賠償請求と構成しても、両者で立証すべき要件事実や損害の範囲について差はない。[1]また原告側の訴状において同一の義務違反をもって「過失=不完全履行」の主張がされ、請求の根拠として、不法行為責任と債務不履行責任とを併記するケースが極めて多いから、実践的レベルでは解決済みのものであると言われる。[2]そうすると不法行為と債務不履行とで、近親者固有の慰謝料[3]、遅延損害金の起算日[4]、相殺禁止(民法509条)、被告適格[5]について差異が生ずることを理解した上で、基本的には遅延損害金が多くなる不法行為構成が通常である。債務不履行構成のみを主張する訴訟は近年ほとんどない。[6]
 医療水準とは、この①過失の有無を判断する際の基準になるものである。


[1] 大島眞一「医療訴訟の現状と将来―最高裁判例の到達点―」判タ1401号(2014年)7頁
[2] 加藤新太郎「医療過誤訴訟の現状と展望」判タ884号(1995年)7頁
[3] 不法行為の場合に認められる(民法711条)。債務不履行においては認められず、711条の類推適用も否定されている(最判55.12.18民集34.7.888)
[4] 債務不履行では請求日の翌日から起算される(前掲最判55.12.18)のに対し、不法行為では損害の発生の日から起算される(最判昭37.9.4民集16.9.1834)
[5] 債務不履行構成では診療契約の当事者は、病院、医院になる。
[6] 一方、入院中の患者私物の紛失など入院中の待遇や対応が問われる場合、不法行為というよりかは、準委任契約上の善管注意義務として「適切に私物を管理する義務」を設定し、債務不履行を問う方が座りが良い気もするがどうであろうか。



3.医療水準とは

 「人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照し、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意を要求される」。[7]「最善の注意義務」といっても、そのままでは基準となるものではなく、「診療当時のいわゆる診療医学の実践における医療水準」[8]である。この含蓄は、研究や治験、学説理論として確立されていたとしても、臨床段階に至っていなければ医療水準とはいえないことにある。そして後から回顧的に正しかったか判断するのでなく、あくまで診療当時の知見から判断することになる。
 そして、この医療水準とは、「医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはでき」ず、医療慣行は、「過失の軽重及びその度合いを判定するについて参酌されるべき事項」にとどまる。[9]

[7] 最判昭36.2.16民集15.2.224
[8] 最判昭57.3.30判時1039.66
[9] 最判平8.1.23民集50.1.1


4.病院や医師によっても求められる医療水準は異なるか。

 それでは、大学病院、総合病院、一般開業医など病院や医師によっても求められる医療水準は異なるか。
 「当該疾病の専門的研究者の間でその有効性と安全性が是認された新規の治療法が普及するには一定の時間を要し、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性、医師の専門分野等によってその普及に要する時間に差異があり、その知見の普及に要する時間と実施のための技術・設備等の普及に要する時間との間にも差異があるのが通例であり、また、当事者もこのような事情を前提にして診療契約の締結に至るのである。したがって、ある新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。そして、新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。」[10]
 以上のように、大学病院、総合病院、一般開業医などその性格によっても求められる医療水準は異なる。そして当然大きい病院の方が、求められる医療水準は高くなる。すると、なるべくかかるなら大学病…
 2,003年版の「白い巨塔」で唐沢寿明演じる財前五郎が言った「法の前に非人は平等ではないのか。大学教授だから責任が認められるとは「どういうことだ」というセリフは判例法理では正しい反論ではないことになる。(これが言いたくて記事を書いたとか禁句)
 具体的にみると、例えば当直医が専門外で適切に対応できなかった場合に過失ありといえるか。救急医療における医療水準はいかなるものかが問われる。現実として人手不足であり、医療機関の責任を認めると撤退を促すとして過失を否定する見解もある。一方、損害の公平な負担という観点から看板を掲げている医療機関が責任を負うべきとしつつ、医療不足の構造的損害との指摘もあり[11]、説得的である。加えて私見としては、人手不足を放置し、専門外で対応せざるを得ない環境を強いている医療計画を作成している自治体にも責任が問われるのではないかとも考える。
集団検診については別記する。


[10]  最判平7.6.9民集49巻6号1499頁
[11] 大島眞一『Q&A医療訴訟』(判例タイムズ社・2015)164頁

5.まとめ


 以上の通り、医療事件における医療水準論を概観してきた。
まとめとしては3点
➀通常は不法行為構成による。
②医療水準とは、医療慣行とも必ずしも一致せず、診療当時のいわゆる診療医学の実践における医療水準による。
③医療水準は、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられ、大学病院、総合病院、一般開業医などその性格によっても求められる医療水準は異なる。


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