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ナイトバードに連理を Day 4 - B

【前 Day 4 - A - 12】

(1844字)

 S図書館、正面玄関。早矢は自動ドアの脇に立つ清心を見つけた。こちらに気づき会釈した清心に歩み寄りながら、早矢は怪訝に目を細めた。

 校内で、ではなく図書館での待ち合わせを提案したのは清心だった。どちらにしろ道中で胎金界の話はできないだろうと理由も尋ねずに同意した早矢は、理由は他にもあったらしいと、この場でようやく察知した。

 清心の隣には同じ制服の女子生徒が立っていた。そのやや猫目で幼い顔立ちには、昨日一日でようやく認識した清心よりよほど見覚えがあった。名前は思い出せないが、同級生に違いない。それでも早矢は困惑させたのは、彼女の三白眼と腕を組んだ仁王立ち、隠す気もなさそうな敵意だった。

 思わず足を緩める早矢から目を切り、彼女は清心に何事か耳打ちした。そして彼女は清心の隣を離れ、また早矢を猛然と睨みながら歩み寄り、何も言わずにすれ違い、去って行った。清心の前に立ち止まったとき、早矢は完全に怯えていた。

「友達?」

 いつ振り向いて戻ってくるかも知れないと、早矢は小さくなっていく背中を見やりながら言った。

「どうでしょう。嫌われてしまっているみたいで……」

 清心もまた、少女をじっと見送っていた。

「それは俺の気がする……。あんなに睨まれたの生まれて初めてだわ。空鳥さん、俺以外にも面倒抱えてるの? 大丈夫?」
「実はあの子にも、同じことを言われていました」
「心配されてるのな。じゃ、やっぱ嫌われてるの俺だ」

 角を曲がって見えなくなるまで、彼女は結局一度も振り返らなかった。早矢と清心は何となくほっと息を吐いた。

 玄関を通り抜け、受付でのやり取りを手短に切り上げ、二人は階段を上がった。

「体調はどうですか」
「大丈夫、むしろしっかり眠れた感じで元気。授業中も全然眠くならないし」
「よかった。眠っている間の脳波を調べるかぎりでは、普通の睡眠と大きく変わりはしないみたいなんです。犬吠くんも今度一応、調べてみましょう。測定器をお貸ししますので」
「持ってんの?」
「お小遣いで……」
「マジか……あ、ほんとだ高いけど買えなくもないお値段」

 二人は昨日と同じ会議室で同じように腰を下ろした。

 早矢は深い溜息を吐いた。一人でいる時ならともかく、他人に話を聞かれないという状況そのものに安堵を覚えたのは初めてだった。しかし顔を上げて見れば、視線を落とした清心に緊張を解いた様子はなく、早矢は後悔しながら姿勢を正した。昨日とは状況が違う。この日は早矢の方にも清心への用件があった。早矢は呼吸を整え、机に手をついて頭を下げた。

「……昨日は、ごめん」
「そんな、犬吠くんが謝ることなんて、なにも」

 早矢は動揺する清心を手で制した。清心は困惑したまま、それでも押し黙って早矢と視線を交わした。

「分かってる。こんなことただの迷惑だってことは俺にも分かってるんだ。それでも俺は謝らなくちゃいけない。昨日、ちゃんと話してくれたのに、俺はあの世界のことを真面目に分かろうとしてなかった。俺は本当に、馬鹿で失礼だった」
「いいえ。こんな話、急に言われて信じるなんて無理があったんです」

 捲し立てる早矢に耐えかねて、清心が口を開いた。その眼の端に光るものがあったように見え、早矢は跳ねるように上体を起こした。

「待った、違う、いや、何も違わないけど、空鳥は何も悪くない。俺の理解が遅かったんだ。胎金界は実在する。空鳥がいなきゃ、俺は向こうで生きられない。よく分かった。だから、俺が言いたいのは、助けてくれてありがとうってことだ。昨日はそんなことも言ってなかった」

 早矢はどうにかそこまで言い切り、そして清心の返事を待たず、慌てて窓の外に身体ごと向き直り固く目を瞑った。それから数秒間、室内には清心の身動ぎと遠慮がちに鼻をすする音だけが響いたが、早矢は決して目を開かなかった。

「……昨日と、反対ですね。謝って、お礼を言って。ふふ、これでおあいこです」

 その声を合図にゆっくりと首を回せば、清心は赤らめた目元からハンカチを下ろしながら微笑んでいた。その和やかさに絆されながら、早矢は歯を食いしばって表情を抑えた。

「改めて俺から頼む。胎金界を生き抜くために、空鳥、俺を助けて欲しい」

 そう言って再び頭を下げた早矢を見て、清心ははっきりと頷いた。

「はい。もちろん、喜んで」

 清心はそう言って立ち上がり、机越しに手を差し出した。早矢は安堵の息を吐き、壊れ物を扱うようにその手を取った。自分と同じものとは思えないほどその手触りは柔らかく、ただ中指のペンだこだけが痛々しく硬かった。 【Day 5 - Aに続く】



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