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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 12

【前 Day 4 - A - 11】

(1649字)

「水に反応する門石。そのカロリーを実用的に制御するコーデック。どちらも魔法に似てはいるが、あくまでも人の世に、既存の技術体系に属するものだ。価値はあるが、新しくも珍しくもない。だがこれは、水門石は違う。これは天魔の領分だ」
「天魔?」
「天狗の魔術さ。モッカの技術でも複製できないアマフリは、天狗とかいう正体不明の連中が魔術で造っているに違いないって考えさ」

 茶賣は早矢の相槌を待たず、小瓶を振って話し続けた。

「俺もそう思っていた。興味もなかった。こいつが手元に回ってくるまでは。これは、吹き飛んだアマフリの腕から流れ出たものらしい。その腕、装甲の中身は真っ黒い筋肉と血管だったそうだ。モッカの石工に造れなかったのは当然だ。エネルギーの伝動原理が違う。こいつはアマフリの血液、アマフリは生物(ナマモノ)だったのさ」
「あれが、生きてるってことか? 本当に巨人なのか」
「おそらく違う。この水門石は、真水ではなく生物の体液に反応する。生成と供給ができる何かが入っていないと動かないはずだ。いや、そこは問題じゃない」

 早矢は遮らなかった。もはや常識への自信を失っていた。

「俺と、お前にとって重要なのは、水門石の出力が門石より遥かに強大だってことと、このモッカで水門石に似た何かを見た人間がいたってことだ。俺はこれが欲しい」
「……全部本当の話なら、確かに儲かるだろうが」
「そうだな。ここまで信じる奴は阿呆だ」

 茶賣は小瓶のコルクを外し、躊躇なく口を付けて呷った。早矢はぎょっと身じろぎし、しかし茶賣は何事もなかったかのように空の小瓶を投げ捨てた。

「……偽物?」
「そう思うか?」

 茶賣がニヤリと笑った瞬間、早矢はこの場にそぐわない音を聞いた。時計の内部機構のような断続的な高音。その音が茶賣の身体から聞こえてくると気付いた瞬間、唐突な爆発音が早矢の思考を吹き飛ばした。

 今も耳に残る砲撃の再開かと思い頭を下げた早矢の前で、茶賣は全く驚きもせずに脇のハッチを開いて覗き込んだ。

「構うな。さっさと帰って休もう」

 茶賣が車内にそう呼びかけた途端、ボートは走りながら針路を変え、またすぐ元の針路に向き直った。まるで、進路上の何かを避けたように。顔を上げた早矢は、煙を上げて停車したまま置き去られるもう一台のボートを呆然と眺めた。ボートからは誰も出てこなかった。

「何が……」
「あれの門石に負荷を掛けた。中で回路が弾け飛ぶ程度にな。心配するな、使える物は回収してある」

 小さくなっていくボートを早矢とともに見つめながら、茶賣は他人事のように言った。ゆっくりと振り向いた早矢の目に、その姿はアマフリ以上の怪物に見えた。

「あんたがやったのか。中にはまだ人が――」
「どうやって? 俺は泥水を飲んで、こうなればいいと思っただけだ」

 茶賣はよくできたジョークかのように笑った。

「この国にいられるのはあと五日だ。六日後には、カナンやら周辺国の侵攻が始まるからな。それまでに水門石を見つけてもらわなくては、困る。まだ使える人手を減らすのはもったいないが、困ればそうも言えなくなる。俺としてもそれは避けたい」

 茶賣の言葉の意味を早矢は正確に理解した。人質。早矢が協力しなければ、頼たちは殺される。

「水門石を見つければ、お前らはもちろん自由だ。居残って侵攻軍と戦おうと、カナンに戻ろうと、首都キサンで死のうと好きにすればいい。分け前もきちんとやる。人の役に立つ奴には生きる価値がある。猩々だろうと、狢だろうと」

 茶賣は、用は済んだと言わんばかりに再びハッチを開いた。砲塔に入ろうとする茶賣を早矢は止めようとはしなかったが、茶賣は梯子を降りる前に早矢へと向き直った。

「一つ試してやろう。夜目殿、鵺ってのはどういう姿をしているんだ? お前ら狢に似ているのか?」

 早矢は思いつくままに口走った。

「鵺は……鵺は、いい奴だよ」

 一刻も早く視界から消えてほしいと早矢が願った茶賣その人は、一瞬唖然とした後、声を上げて思い切り笑った。

「結構だ。ではお前のいいひとに宝の在り処を訊いておけ」 【Day 4 - Bに続く】



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