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ナイトバードに連理を Day 1 - A

(871字)

 胎金界の夢を見た。その日も、いつものとおりに。

 地べたに座り込む少年を見下ろしていた。少年の瞳は白濁し、唇は乾き割れかすかに震えていた。驚きはしない。その黒い頭髪の間に伸びる数本の短角、現実人と違う狢族の特徴も、この異世界では少しも珍しいものではない。

 なにもかもいつもどおり。私は無感動になりつつあることへの自己嫌悪を抱きながら、ただ彼の平穏を祈ろうとした。私にできることは他にないはずだった。

 その日は違った。

 少年の顔に見覚えがあった。それも過去に見た夢の中で、ではなく現実での記憶だ。角と体の状態を無視すれば、少年は同級生の一人と瓜二つだった。

 胎金界での生死は現実と連動する。天秤が平衡を保つように。それは過去の事例から私自身が見出した仕組みだ。少年が命を落とせば、平衡存在である現実の同級生にも同じことが起こる。だが現実での居場所が分かれば、助けられるかもしれない。

 少年の周囲に意識を向ける。同じく壁沿いに並ぶ子どもたちと、その視線の先を行く幾らか身形の整った人々が見えた。中東風のゆったりした服装と、少年たちが身を預ける未舗装の道と石の壁に見覚えがあった。

 のしかかるような亜熱帯気候の空気と薄茶色の乾いた街並みは、一か月前、文字通り一夜にして滅んだ狢族のクニの一つ、モッカの地勢に似ていた。おそらくここはその近隣都市の一つで、彼らはあの夜を生き延びた難民だろう。

 頑強な狢族らしく、少年は栄養失調にしては肉体も未だ分厚い。それでも動けないとなれば、モッカの風土病かもしれない。

 魔法にしか見えない力、"石術"によって運行される胎金界に不治の病は存在しない。この都市の住民であれば難なく治療を受けられたはずだ。だが何も持たない彼にできることはなかったのだろう。だからこそ彼は、最善の手段として何の力もない神に祈っている。

 助けられるかもしれない。そのためにはなにより少年自身の運と体力が必要だ。生きて。私は心の中で叫び、そして目を覚ました。

 午前六時。空鳥清心(そらとり・きよら)の意識は身体の上に、その身体はベッドの上にあった。いつものとおりに。 【Day 1 - Bに続く】



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