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ナイトバードに連理を Day 1 - B

【前 Day 1 - A】

(911字)

「っす」「あーす」「ンー」

 午前8時30分。犬吠早矢(いぬぼえ・はや)は呻くような挨拶を交わしながら窓際の机に向かう。S高校1年D組30卓の勉強机はいつもどおり9割程度の埋まり具合だった。

「あ、犬吠くん」

 早矢の座席近くで話していた女子二人が、くすくすと笑いながら移動した。早矢は下手な欠伸を捻り出しながら席に座った。

 そして初めて、座席の正面、前の空席との狭い空間に立ち自分を見下ろす少女に気付いた。

 早矢は戸惑った。周囲と同じブレザーを纏う少女がS高校生徒であることは確かだ。だが長い黒髪の間で自分を見下ろす縁の太い眼鏡と、その下で微妙に目を合わせてこない白い顔には見覚えがなかった。少なくともクラスメイトではない。

 早矢は教室を見回した。早矢以外の生徒は誰も、彼女に注意を向けていなかった。無視しているという風ではなく、その存在に気付いてもいないかのようだった。

 早矢が視線を戻すより早く、彼女はブレザーのポケットから取り出した何かを机の端に置いた。離れた手の下に現れたのは、雑に破られたノートの切れ端だった。

 早矢は緊張しながら再び視線を上げた。彼女もまた固い面持ちでそっと人差し指を自らの唇に当てて立て、小さく頷き、そして最後まで何も言わずに机から離れた。教室を出て行く彼女の姿は、やはり早矢以外の誰の注意も引かなかった。

 早矢は彼女の去った扉をしばらく見つめたが、すぐにその不安を上回る感情に急き立てられた。

 明らかに緊張した女子が、秘密を強調しながら机に置き手紙を残していった。

 早矢はその意味するところに抑えがたい期待を覚え、素早く手紙を手元に隠した。窓の外を見る風を装いながら反射する教室内を窺い、自分自身も特に人の注意を引いていないことを確かめる。そして早矢は机の下でそっと手紙を開いた。

『胎金界は実在します』

 紙片の中央にただ一文、読みやすい程度の丸文字で書かれていたものは、それだけだった。

「は?」

 早矢は思わず声を上げ、慌てて咳払いでごまかした。

 早矢はたった今見た女子のことを周囲に聞くか、訳の分からない手紙を笑い話にしようかと考えた。しかし去り際の彼女の仕草を、その真剣な表情を思い浮かべ、メモを内ポケットにしまった。 【Day 2 - Aに続く】



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