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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 10

【前 Day 4 - A - 9】

(1591字)

 人の倍近い背丈の装甲の塊が、日の光を真っ向から浴び、白く照り返し、ごく普通の人のように二本の足で立ち上がる。その静かな威容は絶対的に恐ろしく、頼もしく、人に伝播する活力に溢れていた。

「屋根に上がれ、アマフリ。1200ソエン、向こうが中てる気で撃つ直前で回頭する。お前は突っ込んで蹴散らせ。一隻は逃がすから残しておけ。殺していいが無暗に殺すな」

 一度だけ振り返り、展開した屋根の向こうにその頭を認めて歯を剥いて笑い、茶賣は叫んだ。アマフリは開いたハッチに手をかけ器用に甲板に上がり片膝をつき、後ろ腰から短い――それでも大人一人ほどの大きさの――無骨な鉄棒を引き抜いた。その風が茶賣を、ボートそのものを揺さぶった。

「大人しくさせて下さい!」
「大丈夫だ。合図を待て」

 伝声管を介する操縦手の悲鳴を根拠なく宥め、茶賣は双眼鏡で敵ボートとの距離を測った。2000ソエン。一面の荒野に測距の基準となるものはない。一度目以降相手からの発砲はないが、すでにその再開も間もない距離だった。

「アマフリを見て逃げるかと思ったが、やはり度胸はあるらしい。降る奴は拾ってやろう」
「張りぼてに見えたのでは?」
「実にお前は、俺の気を削ぐ天才だ」

 まるでその台詞を待っていたかのように、向かって左端の一隻が発砲した。弾着の煙が前方に上がることはなかったが、茶賣と冶具は後方に逸れた着弾を確かめなかった。

「あの左端、サダミツが一番臆病だな。回頭は十時だ! おい、逃がすのはあいつにしろ!」

 茶賣は車内に叫び、腕を振って頭上のアマフリに直接叫んだ。アマフリはやはり答えなかったが、茶賣もやはり構わなかった。

「1500……1400……」

 その後の数秒間、茶賣に代わって双眼鏡を覗く冶具のほかに声を発する者はなかった。車内の誰もが緊張し、跳ねようとする発条のように、落ちようとする水滴のように、引かれた弓のように、ただ静かにその時を待った。

「……1200」
「回頭」

 操縦手、彼の握るハンドル、モッカで作られたボートの神経系、その心臓たる門石、全てが頭脳たる茶賣の指示を現実のものとし、左に針路を変えた。その瞬間、アマフリは慣性に抗わず乾ききった空に跳び出した。

 誰もがその姿に目を奪われた。双方のあらゆる搭乗員が、茶賣が、冶具が、僅かに開いた銃眼に張り付いた早矢たちが、その行方を追って仰ぎ見る先で、アマフリは飛び、堂々と落下し、盛大な土煙を突き破って猛然と走り出した。まっすぐと、四隻のボートの左端に向かって。

 その目指す先が明確になった途端、思い出したように敵方のボートは再び放火を開いた。彼我の距離はすでに800ソエンを切り、ほとんど必中と言える距離、のはずだった。目標がボートより小さく、人よりはるかに機敏でさえなければ。

 アマフリは90度以上の範囲から迫る砲弾の軌道を、砲塔の角度、距離、弾速から予測し、回避機動を始めた。歩幅を広げ、上体を落とし、腰を捻り、不意に小さく右に跳ね、そして全ての砲弾を躱した。それはアマフリ以外のいかなる存在にも成しえない動きだった。

 相対する四隻のボートは搭乗員の驚愕を反映するように漫然と前進を続けていたが、アマフリが左端の一隻を蹴り飛ばす寸前でようやく正面をそちらに向け、味方を構わずに砲撃した。

 アマフリは突然興味を失ったように列の左端から飛びのいて再び躱し、そのまま二隻目のボートの前部、砲身の上に着地、踏み潰した。ボートは地面に植え付けられたように突然停止し、ハッチからふらつく人を吐き出し始めた。

 さらに爆発音。アマフリに気を取られた右端の一隻は茶賣の輸送艦に側面を砲撃され、急激に速度を落とし停止した。そこから這い出てくるものはなかった。

 残った一隻は即座に停車し、そのハッチから飛び出した乗員が全身全霊でアマフリに両腕を振った。その時にはすでに、左端にいた一隻目ははるか彼方に走り去っていた。 【Day - 4 - A - 11に続く】



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