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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 11

【前 Day 4 - A - 10】

(2343字)

 傾いた日の下、現実と何も変わらないように見える夕焼けの中。昼間と同じ姿勢で荷台に転がり空を見上げる早矢は、しかしもはやこの世界の構造のことなど考えてはいなかった。

 ボートの機動、砲撃の轟音、アマフリの影。人が死に、人に殺されかけたというのに、早矢以外の誰一人としてそのことを気に掛けている風には見えなかった。甘は頼とともに怪我人を助け、茶賣も止めようとはしなかったが、それだけだった。

 このボートの砲塔から出た砲弾が、再び真下の車内に収まったアマフリが、人の身体を壊し、殺した。早矢が死体を見ることはなかった。茶賣は破壊したボートからいくらかの物資を運び出しはしたが、あるはずの死体を降ろすことは命じなかった。

 それが何らかの気遣いだったのか、あるいはこの世界の習慣に則った行動なのか、それともただ手間を惜しんだだけなのか、早矢には分からなかった。それらの可能性を想像するだけでも時間が必要だった。

 今、茶賣に降った十数人の襲撃者は一隻のボートに押し込められ、早矢たちが乗るボートの前を進んでいる。逃げた一隻を除けば生き残りはそれだけだった。早矢はようやく少しづつ事態を理解し始め、比例して打ちのめされていた。

「気は済んだか、夜目殿」

 頭の先、ボートの進行方向から掛かった声に早矢は身体を起こした。頼以外が相手では気を抜くことはできない。早矢は胡坐をかいて体を回し、砲塔から現れた声の主に向き直った。茶賣は砲塔のハッチを閉ざし、その横に腰を下ろした。

「いつまでも腑抜けでいられちゃ困るな。あれを見てみろ」

 茶賣はボートの進む先を指さした。目を向けた早矢は、果てしなく広がる荒野と地平線、そしてそこから青空と夕焼けを仕切るように延びる何かを見た。早矢の頭脳はそれを論理的に塔であると判断し、同時にその認識を拒絶した。雲一つない空に向かうそれは、先端が見えないほど果てしなく巨大だった。

「空転塔、と狢は呼んでいる。あの根本にモッカの首都、キサンがあった。連中に聞いたことがあるが、何の効果もない本当にただ高いだけの塔だそうだ。もう分かっただろう、モッカというクニは元々狂っているんだ」

 早矢は茶賣の言葉を否定する気にはなれなかった。その塔を眺めている今、全く同じ感想すら浮かんでいた。

「……あそこまで行くのか」
「首都は危険すぎる。門石のことは知っているな。その採掘場を占領してお前の同族を働かせている。そこが拠点だ。門石もまだ採れるから一石二鳥ってわけだ」

 早矢は気が重くなった。どれほどの人数かは知れないが、冶具のような目を大勢から向けられるとは想像するだけで居た堪れなかった。早矢の辟易という表情をどう受け取ったか、茶賣は薄く笑って話し続けた。

「このクニでは、いやクニだったここではそこら中で同じことが起こっている。採掘場、街に村、大小問わず四方八方、外縁の近くから早い者勝ちで取り合い、悪党の集会だ。モッカで加工された門石の遺物となれば、どんな小物でも金になる」
「それで、さっきみたいな揉め事になるんだろ」
「でもないな。ここは分を弁えれば誰でも儲けられる天国だ。殺して奪うのは効率が悪い。まともな悪党なら避ける」
「あんたは避けたのか?」
「妙なことを聞く。あいつらに逃げるか雇われるかを選ばせてやったのは俺だぞ」

 茶賣の言葉は事実だった。そう認めたことで、早矢は善悪の基準が揺らいでいると自覚した。そもそも、そんなものが自分の中にあると考えること自体が初めての経験だった。

「だがこれで終わりじゃない。門石は数があるが、夜目はモッカ全土、2000000ソエン四方でお前ひとりだからな。まだまだ来るぞ」

 茶賣の言葉が再び早矢の脳を揺さぶった。それは早矢の想定の外にある指摘であり、しかし理路の欠落を的確に埋める言葉だった。

「……夜目はそんなに金になるのか。命を捨てて奪いに来る価値があるのか。狢の気慰みなんだろ?」

 早矢はそう言ったあとで舌を打った。自分のせいで人が死ぬ。その現実を目の当たりにしながら、それでもどこか他人事でいる自分自身の冷静さが嫌だった。茶賣はすべてを見透かしたように笑みを深くした。

「使い方次第だな。モッカのコーデックを扱う商人には、狢以外にも鵺信仰が広がっている。連中から墓荒らしの出資を取るために、夜目の預言という宣伝文句が威力を発揮したことは事実だ。俺たちを救ったあのアマフリも元々はコーデック商の手下で、お前がいるから借りられたんだ。感謝しておけ」
「そもそも俺がいなければ、あいつらも襲ってこなかったじゃないか」
「そうなればお前は街の掃き溜めで死んでいた。度し難い世界だよな。見えない存在を信じたくなる気持ちもわかる」
「……じゃあ、あんたは信じちゃいないのか」

 早矢は一縷の希望を見つけたように言った。茶賣が預言を必要としないとすればずいぶん楽になる。頼ほど打ち解けることはないにしても求められる労力が違う。

「鵺はお前らの神だ。俺としては、まあ、半々だ」

 早矢の皮算用をあざ笑うように茶賣は言った。

「採掘場の門石といくつか回収したコーデックで、元手の回収は算段が付いた。預言なんてなくても儲けは出る。それなりにな」

 茶賣はそう言うと、懐から取り出した何かを早矢に放り投げた。早矢の掌に収まった正六面体の真っ黒い石は石炭にも見えたが、しかし直感と乾ききった手触りが早矢に別の言葉を囁かせた。

「門石」

 茶賣は簡単に頷いた。

「くれてやる。欲しいならコーデックもやろう。俺が求める預言、お前に探させたい物は、こっちだ」

 門石から顔を上げた早矢は、茶賣が指で挟み持つ小さな瓶を見た。その中を満たす原油のような液体は、門石と同じ黒でありながらそれ以上に黒く、空間にぽっかりと開いた穴のように存在していた。 【Day 4 - A -12に続く】



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