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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 4

【前 Day 4 - A - 3】

(1810字)

「水、貴重なんだな。こんな気候じゃ当然だ。何も考えてなかった」

 頼の表情から自分が犯した失敗と非礼の大きさを理解し、早矢は顔を歪めた。頼は逆に、ぎこちなく口角を上げて首を振って見せた。

「違うんだ。茶賣はかなりの水を持ち込んでるし、モッカだって、もともと乾燥帯とはいえ草木も生えない荒野じゃなかった。水に困っていたわけじゃない。ただ、僕たちは門石と身近にありすぎたから」
「門石……」

 その言いなれない単語は、清心に詰め込まれた情報の一つだった。

「胎金界では石油や石炭、いわゆる化石燃料が採掘されていません。少なくとも私の知る限りでは、発見の報告すらありません。そしてまるで、その代替物のように産出し、水とともに活用されている物が門石です」
「石油っていうと、ガソリンとかアスファルトとかだろ。その辺がないってなると……江戸時代な感じだな」
「確かに不便かも知れませんが、慣れてしまえば別です。門石は、魔法ですから」

「……水を使うやつか」

 早矢が呟くと、頼はことさら楽し気に目を丸くした。

「知ってるんだ? そこは基本的な知識ってわけだね」
「ああ、思い出した。実物は見たことがないが」
「それはどうかな」

 頼はトンと荷台を叩いた。

「このボートを動かしてるのが門石だよ」
「そんな気はしてたが、ちょうどそこが疑問だった。こんなデカイ物を動かしてるにしては、静かすぎないか」
「全くの無音ってわけでもないよ。耳を付けてみて」

 頼に言われるまま、早矢は温かい屋根に耳を押し当てた。数秒後、早矢は頭蓋骨に響く周期的な高音を聞き取った。

「ドアをノックするみたいな音なら聞こえるが」
「うん。門石に接触した水は、この胎金界から埋史界という異世界に移る。その瞬間の音だよ。そしてその量に見合った対価として、門石自体も摩耗して消えながら生物の望みを叶える。だから僕たち狢は真水の浪費を嫌う。事故を防ぐためでもあるけど、まあ、貧乏性だね」
「異世界、望みを叶える……?」

 早矢は呆然と繰り返した。頼の言うとおりだとすれば、清心の表現は確かに適切だった。

「……そいつは、魔法だな」

 頼は簡単に頷いた。

「魔法だよ。エネルギーとして変換するとかじゃなしに、とにかく望みを叶えてくれるなんて代物は異常だ。けど万能だからこそ安定して使うには加工が必要で、だからその技術、石術を実現したモッカが栄えた。昔話ではあるけど、お伽噺とは違う。このボートに搭載されている門石は、このボートを動かすことにしか使えない。そう加工されたコーデックだから」

 言い切った頼の前で、早矢はおもむろに寝転がって天を仰ぎ見た。

「今までで一番分からん」
「それは困ったね。ひと月前、モッカを滅ぼしたのは首都で制御を失った門石だと言われてるんだけど」

 早矢は目を閉じ記憶を探ったが、その話を清心から聞いた覚えはなかった。事実であれば後回しにするべき情報とは思えないが、頼が嘘をつくとも考えられなかった。

 黙りこくった早矢から視線を外し、頼は荒野を眺めて話し続けた。

「鵺の怒りだとか呼んで、あの夜のことは誰も口に出さないけどね。真夜中、突然凄い風が吹いて、川も水道も途端に干上がって、草木は枯れて、人は眠りから覚めないまま朽ち果てた。僕は国の西端に住んでいたから生き残ったけど、その街でも、子どもと老人はみんな死んだ。一瞬で、カラカラに干からびて。こんなこと、門石以外ではありえない」

 話しが進むにつれて、頼の瞳が暗くなっていくように早矢には見えた。だが早矢にはそんな頼に掛ける言葉を考えることすらできなかった。

「……何の話だったかな。ああ、そう、水だ。折角あるんだからキミは好きに飲みなよ。僕も慣れるようにするからさ」
「……いや、気を付ける」
「そっか」

 頼は元通り穏やかな表情を早矢に向けた。

 二人は流れていく空と大地を眺めた。またしばらく風と無限軌道の音だけが荷台を包み、そしてその沈黙は不意に破られた。

「おい、中に入れ」

 声は砲塔の上部ハッチから這い出た茶賣のものだった。茶賣は早矢と頼の驚きにもまるで構わずすぐに振り返り、ボートの進む先を見つめ、風の音をも圧倒する大声を上げた。

「この先にな、検問がある。小銭稼ぎに出張ってきたカナンの軍隊だ。話は付いてるが、お前を見られると説明が長引く。だから下にいろ」

 茶賣は二人に尋ねられないまま叫び続け、そしてそれきり押し黙った。早矢と頼は顔を見合わせ静かに立ち上がり、車内へと降りた。 【Day 4 - A - 5に続く】



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