ナイトバードに連理を Day 7 - A - 6
(1704字)
茶賣と早矢は焚火を囲んで地面に腰を下ろした。
徐々に日は落ちてきたが空はまだ明るく、焚火の明かりは早矢の目を引くほどではなかったが、そこから上がる煙と匂いは違った。肉。散らばった薪を集め直して熾された火に炙られたその暴力的な匂いに食欲と吐き気を掻き立てられ、早矢はどうしようもなく唾を飲んだ。
茶賣は串に刺したその一本を地面から抜き、血と脂をしたたらせながら齧り付き無言で咀嚼した。味付けも香草もない大獣の串焼きはいかにも硬く、早矢には眩暈がするほど旨そうに見えた。
「お前も食え。あんな風に門石を使ったんだ、血が足りないはずだ」
肉を飲み込んだ茶賣に言われ、早矢は我慢できず串を手に取った。ついさっきまで動いていた巨大な生物の、友人やたくさんの仲間を殺した肉体は、今はただの食肉でしかなかった。
早矢は肉に歯を立て、噛み千切り、噛み潰し、飲み込み、また口に含んだ。茶賣も早矢の倍近い速さで獣を食べ続けた。肉を削ぎ落した大獣の遺骸はいまだ山のように転がっている。とても食べきれるものではない。それでも早矢と茶賣以外は誰も、冶具や傭兵たちですら遠巻きに二人を見ているだけで食べようとはしなかった。
「大獣の死肉は腐らないし蟲も湧かない。だがいずれは石化して錆びて朽ちる。石のうちなら希少な門石として高く売れるが、あれがそうなるまでには一ヶ月以上かかる。俺が儲けるには間に合わない」
茶賣は肉を噛みがら言った。その口調は純粋に惜しむように聞こえたが、早矢は話に続きがあることを正しく察知した。茶賣は焚火を見つめて話し続けた。
「このままじゃ大損だ。先に持ち出した門石で出資金は返せるだろうが、俺たちの手元には何も残らない」
「生きてここを出られるだけで十分じゃないのか」
早矢は掠れた声で言った。茶賣はおもむろに水瓶を差し出した。躊躇なく受け取った早矢の目に、その姿はひどく疲れているように見えた。
「極めて真っ当な意見だな。俺が並の悪党なら飛びついていたところだ。では夜目殿、水門石の在り処を教えてもらおう」
早矢は時間をかけて喉を潤した。今の茶賣にはそうさせる気の抜けた雰囲気があった。
「……明後日までにモッカを出なくちゃいけないんだろ。探せる範囲に水門石がなかったらどうする」
「考えたくない仮定だが、儲けがない以上お前らを解放するわけにもいかない。どちらか一人には、もうしばらく俺の商売に付き合ってもらうことになるだろうな」
「……一人か」
「一人だ」
早矢はその言葉の意味に迷わなかった。茶賣もまた、早矢の解釈を疑わなかった。
「もったいないとは思うが、他に使える人質がいない。いまさら、ただの脅しだとは思わないはずだ」
茶賣は密謀を仲間に打ち明けるような冷静さで言った。焚火をじっと見つめ早矢には目を向けないその姿は、本当に話し相手を誤解しているのではないかと早矢が一瞬考えるほどに無防備だった。
「……一晩待ってくれ」
早矢は茶賣から焚火に目を移し、試すように言った。茶賣は意外そうに、目の前にいるのが早矢であると今気づいたように顔を上げ、その横顔をじっと見つめた。
「好きにしろ。俺はお前らが全力を尽くしてくれることを願うだけだ。話したければもう一人の夜目と直接話し合ってもいい」
茶賣は再び肉に嚙り付いた。その様に魅力を感じていない自分に気付き、早矢は立ち上がり、しかし立ち去ろうとした足を止めた。
「大獣除けが折れてたことは、知ってるか」
「ああ。それで大獣が寄り付いたんだろう。案外、モッカの狢たちが混乱に乗じて逃げようとしたのかもしれんな」
早矢と茶賣は世間話をするように、視線を交わさないまま話し続けた。
「じゃあ、門石が音を立てることは?」
「狢にだけ聞こえるというあれか。話には聞くが、実物は知りようがないな」
「なら、あんたが水門石を使うときに、普通の門石とは違う音が鳴ることも知らないわけだ。昨日の夜、ここで、狢たちがその音を聞いたことも。その後に大獣が現れたことも」
早矢は振り向き、茶賣の顔を見た。炎に照らされた脂ぎった顔で、茶賣は悪魔のように笑った。
「さすがは夜目殿。すべてを見てきたように喋る」
「見ているのは俺じゃない。鵺だ」 【Day 7 - Bに続く】
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