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オタクが香水を買ってみる時の思考

 買い物の中でも、「香水を買う」というのは特に強く自分の感覚や価値観と向きあう行為になると思う。
 つまり難易度が高く、そして楽しい。

 香水を買う時というのは、決断に対しての拠り所が本当に少ない。
 そしてその一方で、判断を鈍らせる要素は多分に存在する。

 もちろん一番重要なのは自分は本当にその香りが好きなのかということ。
 ブランドや添えられたテキスト、並べられた香料の一覧に惑わされて、本質以上または以下に評価してしまってはいないか。事前の情報や値段によるバイアスはかかっていないか。嗅覚から得られる情報以外を可能な限り削ぎ落として評価しなければいけない。
 人間の五感による瞬間的な評価なんて曖昧であてにならないもので、しかしそれを当てにするしかないので、とにかく雑念を排する必要がある。 

 事前情報によるバイアスとは言ったが、短期間でモノを評価しなければならない時、事前情報による想像を組み合わせて、評価速度を上げることもかなり重要ではある。
 とはいえ香水なんてものは一期一会的な出会いが発生することも多く、それはそれで逃すと大きな後悔になりかねない。

 その他のジャンルの買い物をする時、例えば家電なんかを買う場合は同価格帯との比較であったり、予算に対する要求性能であったり、要はコストパフォーマンス的指標が大きなウェイトを占めるだろう。

 しかしこと香水においては、そもそものコストパフォーマンスなんて素人には考えようがない。そしてもちろんそれを利用した罠が市場にあることも想像できる。
 そんな中でその買い物を満足のいくものにするために、相対ではなく絶対値としての好きか嫌いかのみを評価基準とすることになる。

 その過程で大抵は売り場にある複数の品物を比較していくことになるが、これも数をこなすほどに鼻が鈍り判断が難しくなっていく。
 感覚が麻痺して、何をやっているのか、何を判断しようとしているのか分からなくならないように、自分の状態に気を配りながら脳の反応へフィードバックをかけなければならない。
 脳をフル回転させて嗅ぎ取ったものが何なのかを分析し、自分の感覚と認識を疑い、それでもなお価値があると思えるかどうかを判断する。

 加えて、香水の購入にあたって必死にならなければならない原因として、失敗した時の存在感が大きいという点が挙げられる。
 購入後に身に着けて1日過ごしてみて、それを何日か繰り返し、やっと感覚的な快不快でその購入が成功だったのかどうかが自身へ突きつけられる。
 自分自身の感覚だからこそ、嘘もごまかしもきかない。
 普通に買えば1本の量がそこそこ大きいものばかりで、適当にササッと使い切ってしまう、みたいなことも難しい。
 単価もそれなりにすることが多いので、失敗だと割り切って廃棄してしまうのも中々にハードルの高い行いになる。1万円を超える液体をそのままトイレに流す際の精神的な消耗なんて想像したくもない。

 自分の好き嫌いと向き合うというのは、特にオタク趣味では重要な行いであり、それなりの年月をこじらせて過ごしてきた我々にとっては、そこにある程度の自負もあるだろう。 香水を買う瞬間というのは、その極地みたいなところがある。
 もちろん香水というジャンルにおける自分の無知や経験値の少なさによるところもあるのだけれど。

 それでも全力で悩んで向き合う瞬間は楽しいので、これからも諸々の便利サービスに背を向けて店舗へ足を運び、時には1本選んで来るのだろうなと思う。
 年々緩やかに摩耗していく気力を叩き起こすためには、やはり身銭と価値観の摩擦が必要なのではないかと考えたりもしつつ。 

 とにもかくにも、そうやって選んだ「自分が選んだ自分にとって間違いのない好き」を身にまとい、ふとした瞬間に感じられるアイテムでもある。
 だから神経をすり減らし脳をフル回転させて頑張ってでも買ってみる価値はあると思いながら、今日も物欲と向き合う。

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