腎臓移植が終わったら
最初に知り合ったのは、もう何十年も前のこと。僕がニュース系の雑誌で駆け出しの編集者だったときに、担当カメラマンとして仕事をしてもらった。その雑誌の主戦力として、すでに活躍していた先輩だった。その後、たくさん仕事をするのだけど、仕事と同じくらい、酒をいっしょに飲んだ記憶がある。
あるとき、仕事が終わっていつものように酒を飲んでいると、「俺は実は腎臓がちゃんと機能してないんだよ」と言い出した。それっぽいことをいつも言ってはいたけど、はっきりと言葉にしたのはその時が初めてだった。
「今のままだと俺、あと何年か後に透析をしなければならないらしい」
僕の仕事がグルメ関係に変わったので、ライターと3人で何軒も回って飯を食うのが毎日続いたり、地方の出張では1日に朝から夜まで10軒近く回ったりすることもあったので、かなりの罪悪感を覚えたのだが、仕事のせい(僕のせい)じゃないという。グルメ関係の仕事が続いて、お互いかなり体型が丸くなっていたし、僕は僕で糖尿のケが出始めていたので、とにかく話を聞くしかなかった。
そしてあるとき、僕が編集を離れるとわかったとたん、「嫁さんと地元に帰ろうと思う」と言ってきた。地元には透析のできる病院が近くにあるし、少し様子を見たら、腎臓移植を考えているのだという。奥さんが移植のために自分の片方の腎臓を提供するんだそうだ。
地元で田舎暮らしをしながら透析を続けていた
同郷で同級生だった奥さんは、一足先に東京に来ていた先輩を追いかけて、彼の部屋に転がり込んで結婚したときいた。いや奥さんの部屋に転がり込んだんだっけ。ちょうど同じ月に僕たちは、それぞれ結婚式を挙げた。先輩の結婚式の二次会で僕がスピーチをしたのだが、新妻には聞かせてはいけない内容を、酔っ払ってしゃべってしまい、あとからしこたま怒られた。「最悪の二次会だった」と先輩に吐き捨てられた。でも、そのおかげと言ってはいけないが、その後も仕事を長くするようになったこともあって、奥さんは僕のことも覚えていてくれた。
先輩が東京での仕事を切り上げるのと同時に、奥さんは東京での教職を早期退職した。地元に帰り、親族から譲り受けた空き家を改装したそうだ。その家を訪ねて一度遊びに行ったら、庭を切り開いて家庭菜園やバーベキューができるように耕していた。庭の造園だけでなく二人の趣味を生かして、陶芸、人形や財布などの小物作り、大型バイクで二人でツーリング、蛍狩りといろいろ田舎暮らしを堪能していた。でも、その合間に毎週3日、一日4時間を超える透析をしているとは知らなかった。
そして移植の日。たまたま久しぶりに電話をしたら、来週、手術を行うという。しかも自分なりにSNSで報告すると。いままでほとんど誰にも教えてなかった移植の話をSNSで公表すると、いつのまにか昔の知人が見つけ出してきて、コメントもつくようになった。一人ひとりに返事を返している。ちょっと、らしくないなあとも思ってしまう。いやな予感しかしないので、僕はなるべくコメントしないようにしようと思っている。怖い返事はいらないから。でも奥さんと一緒の写真は見たよ。今も仲がよさそうだ。
早く終わるといいね。成功したら乾杯しよう! なんて言うとどうせ「いいよそんなの。遊びに来いよ」と言うだろうね。先輩の家は楽しそうだけど、僕は都会が好きだし、遠いんだよね、と言って、遊びに行こうと思う。
追伸 今日のリハビリの動画見たよ。拒絶反応が出たとアップしていたけど、大丈夫なんだよね? また明日もリハビリ動画を期待しています。あと、奥さんの写真もアップしてください。いつも通り仲がいいやつね。
雑誌業界で25年近く仕事してきました。書籍も10冊近く作りましたが、次の目標に向かって、幅広いネタを書きためています。面白いと思ったらスキをお願いします。