書く賭け
わたしの21才は、酒粕が大量に溶けた
どぶろくのような恋を通らなくてはならなかった。
あのどぶろくは 今なお 心の檻の隅にあって、
たまに蓋に手を伸ばしては、いやまだ、と
開けられずにいるのを、もう10年は繰り返した。
でももうそろそろ開けたい。目についてウザい。
そんな風に、せまい 恋の話を書きたくなったのが
1週間くらい前のこと。
あのせまい恋を思い出すと、
世界をそうとしか見れなかったときのフィルターを
目の当たりにすることになる。
まだものすごくダメージを受ける。
この数日、ものすごく右往左往した。
告白でもない。懺悔でもない。何になるんだ。
なにをしたいかわからなくて
何度も書いて書いて書いて
ようやくわかったことは、すごく単純なことだった。
それはここ数ヶ月関心を持った様々な出来事も
わたしに教えていた。
わたしは悲しみに囚われまいと
必死だったことに気がついた。
まだ溺れそうになるということだった。
人の感情、特に悲しみや怒りを持つ人に
徹底的に加担してしまう癖があって、
その時はじぶんの安定は
まず真っ先に明け渡してしまう。
触れた哀しみの粒子が指先から浸透する。
ウイスキーが水でうまる一瞬のように
透明な境界線が渦を巻き侵入するのを
黙って眺め受け入れるしかないのだ。
そこに溺れることは この日常ではもう
あり得ないことで、崩してしまうわけにいかない。
とは言っても、もうそんな10代の思春期のように
なにも知らないわけでもない。幸か不幸か。
崩れてしまうことを恐れている。
恐れるあまり、崩れるかどうか試せなかった。
実情はそんなところだった。
頭では崩れないことを知っていても
崩れなかった事実をこの体で知るまでは
それはいつまでも恐れになり続けてしまうのだ。
そういう不器用なところが面倒くさい。
その面倒くささと、半笑いで付き合っている。
そう、この人と付き合うことは決めている。
それが何度も何日も、
朝昼晩と書いてしまう理由だったことも
今ごろ気がついた。
寄り道しても本筋に戻ってしまう。
もうこれ 落ちどころがわからないし 消したい。
なのに書くたびに ボロボロと出てくるものが
気になって 仕方がない。
どぶろくの瓶にこびりついた埃を払っては
ああこんなにも汚してしまってと、
わたしはわたしの背中を撫でているのだとおもう。
どんな瓶なのか。どんな味だったのか。
やっぱり、見たい。うん。
わたしは進み出た。
スポットライトの当たるそこには、盆蓙がある。
銭はない。
どぶろくの瓶を据えて、服を脱ぎ捨てる。
短刀を、ひとさし。
木札の代わりに差し出した。
「よろしくお願いします」
盆蓙を挟んだ向こうに、男は紫煙をくゆらせている。
片膝立て、着物の奥が見えそうだ。
やる気なさげに片眉をあげて、こちらを流し見た。
「溺れるのか嘘をつくのか、見てやるよ。
ここな、丁でも半でも おまえの負けだよ。
上がりに成るまで 来にゃならねぇよ」
このいまの一度の勝負限りにすることはない、
案に示唆する男は優しい。
おまえの身ぐるみ剥ぎ取っても
命まで取る気はねえよ、と、長く細く紫煙を吹く。
うん、知ってる。ありがとう。大丈夫。
だけどこちらも
また次もここに戻るつもりで
座ったわけじゃねえんだよ。
賭けてえんだよ。
尻尾巻いて逃げてる未来が待ってたとしても
たとえそれを今、知ってたとしても
そのつもりで ここに座るようなタマじゃねえよ。
知ってんだろう、わたしを見てきてんだから。
はあ、そうか。
ほんじゃ。と言って、タバコを置いたのが 合図。
さあ さあさあさあ