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保育園に通う頃には家に猫がいた。

保育園に通う頃には家に猫がいた。

最初の、賢くて綺麗で愛情深いメス猫は何匹も子猫を産んでは、家族に加わった。
拾ってきた猫も含め、沢山の猫とつい数年前まで生活を共にした。


その内、私の焼け石のような思春期に共に過ごした1匹の雄猫にずっと罪悪感を持っていた。


高校の最も荒んだ時期、勉強机の下しつこく足に纏わりつく猫を蹴り払ったことがあった。
後にも先にも猫へのやつあたりはあの一度だけで、だけどその時の後ろ姿や鳴き声を未だに忘れられず、死んでもう18年は経つのに、逃げ去る後ろ姿しか思い出せず辛かった。

裏切られたと思っただろうか、
嫌いになっただろうか、
辛かっただろうか、

猫の最期は家族が看取ることは出来ず、バスタオルに伏せたまま家人の戻る車庫を見つめたまま逝った。泣きながらそのまぶたを閉じた。
その事実が更に追い討ちをかけ、猫への罪悪感はつい最近まで引きずった。


ここ最近になって、猫が赤ちゃんの時の姿と現役時代の後ろ姿を思い出せた。


猫の名付け親は私だった。
あの美しい親猫の避妊前、最後の出産で、この猫を何とか人に渡らないよう、6歳のわたしは弟の見ていたターボレンジャーから名前を取り、弟妹に呼ばせ、貰い手さんにアピールした。
猫を勝ち取った気でいた。


猫は現役時代、近所一帯の猫たちを束ねた。
全身の筋肉は隆々とし、和猫の倍もある太い足で庭を歩く姿に惚れ惚れした。

拗ねると家中におしっこを振りまき、ナワバリへの侵入猫へは高飛車に唸り、春めくと何日も帰ってこない。
大怪我をすると1人になりたがり、それを見つけては胸がギュッとし家族中がバタバタした。


思春期真っ盛りの持て余すほど滾る想いを持つわたしには、自分のためだけに生きている猫は自由に見えた。


はてあの猫は、猫は見せつけていたのではないか。と、おもいが沸いた。
あの猫はとても賢くて愛情深く、大胆で惚れ惚れするほど漢気に溢れていた。

記憶は便利だ。回想に浮かぶあの猫の目にはわたしの中の真実だけが映っている。
愛された。あの猫に。
わたしも愛していた。とても。