ゆるく繋がる 小川さやか 『チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学』

(2020年の17冊目)香港のチョンキンマンションを中心に活動するタンザニア人たちの経済活動や生活をフィールドワークをした学術エッセイ。正直に申し上げてカジュアルに、エンタメ的に消費できる文章とは言いがたいのだが、記述されている内容は飛び切り面白い。そもそも香港や広州にアフリカからビジネスをしに来ている人たちがいるという事実を平熱で提示されることに(昨今のグローバル経済の状況を考えたら、そうした人たちが存在するのは当たり前とも言えるけれども)驚きがある。盲点からいきなりモノが飛び出してきたような。そう、日本の商社マンがアフリカにビジネスをしに行くんだから、逆の形もありえるに違いないのだが、それでも驚いてしまうし、そして、そのビジネスのやり方、生き方の有り様にも驚いてしまう。

そのビジネスはICTの発展と普及によって実現された香港とタンザニアのあいだでのリアルタイム性の高い情報のやり取りによって可能となる(そこでは従来的な金融インフラとは別な流れでの金銭のやり取りが主流となる)。ただし、そのビジネスは日本の一般的な商慣習からすれば雑で、法律面でもカバーされておらず、そもそも副題にもある通り「アングラ経済」なのであって、要するにめちゃくちゃリスクが高いのだ。騙し合いや詐欺は珍しくもない。そんなリスクが高いビジネスへの参入は「プロ化」していくようにも思われるのだが、そんな感じでもなく、タンザニアからビジネスをしにくる来訪者は後を絶たない。

ではこうしたビジネスのリスクをどのように緩和しているか(緩和される仕組みがあるからこそ参入者が後を絶たないわけだ)が本書の肝となる部分であるのだが、それを雑に要約するならば「ゆるい繋がり」によって、リスクヘッジや補償されるような慣習ができあがっている、とでも言えるだろう。逆に、プロ化しないことによって支え合いが生じ、なんとかやって行けている人がでてくる。

お金を払っているから助ける……例えば、生命保険のような制度やシステムは存在しない。その場その場で、たまたま居合わせた者が、たまたまそこに居合わせた者だから、という合理的な理由を欠いた理由によって繋がる。繋がる理由を欠いた隙間があるから、そこに潜り込む人間の余地が生まれるようだ。このようなあり方を原始的とネガティヴに評価することも容易だろうけれど、ひとつのモデルとして活用することもできそうだ。たとえば、なにかのインフォーマルなコミュニティを読み解くためのモデルとして、あるいは、インフォーマルなコミュニティを設計するためのモデルとして。個人的にも、ここで描かれるゆるい繋がりのモデルから自分の所属している組織へと還元できるものがあるのでは、という気がしている。

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