マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 第7篇 見出された時』

(2020年の36冊目)2年半近くかけて人生で2度目(13年半ぶり)のプルースト登頂に成功。この大長編を2周した人はおそらく日本でも5000人ぐらいしかないだろう(根拠がない数字)。まずは過去に書いた感想でも並べてみよう。

2周目の感想まとめ

1周目の感想まとめ

3巻からの感想しかなかったが、まだ2006年とか学生時代の記事だ(就職活動中に一度ブログを削除したので残っていないのだろう。自分でも当時どんなことを書いていたのかまったく覚えていない)。

で、どうなのよ、プルーストっておもしろいの? 長いけど読む価値あるの?

と見出しを振ってみたけれど、結論から言うと2度目の通読でも「やっぱ、すげえわ、プルースト、面白いわ」って改めて恐れおののいた、というか、2度読んだらより深くそのすごさが理解できた気がする。しかし、正直言って楽しさがずっと続くような小説ではなくて、1/5ぐらいは退屈で、ほとんど読んでも意味わからん、ツラい小説でもある(これも根拠のない数字だが、全13巻のうち1/5がツラかったら2.6巻分はツラいことになる。恐ろしい数字だ)。そのツラさについては高田敦史さんのブログによくまとまっている。

で、2度目の通読。マジでラストとかどうなるのか、とかなにひとつ覚えていなかったのだが、未完の小説だし、グダグダで終わったらどうすんだろな、と思いつつ最後の巻なんかは読んでいたんだけれど、ちゃんと、えー! っていうオチというか、展開があるんだよね。
この小説って語り手である途中で時間軸が行ったり来たりしつつも基本的には主人公の幼年時代からある時期までを追った半生記みたいなものなんだけど、途中から語り手がいま何歳なのかとか全然わかんないのね。友達が結婚したり、知り合いが死んだり、第一次世界大戦がはじまってるから時は進んでいる。でも、語り手はいまいくつなのよ、っていうのがはっきりしない。それが「え、このためにはっきさせてなかったんかい!」というギミックだと最終巻のはじめあたりで明かされて。すげー! ってなる。
このほかにも終盤に差し掛かってから(第4篇ぐらいかな)そういう「え、あれ、このための伏線だったのかい!」っていうのが仕込まれててそれに気づく度にすげー! ってなってた感じ。とくに(ネタバレになっちゃうけど)第6篇で「え、お前も、お前も、同性愛者だったんかい!」という展開には本当にビックリした。

だから本当にややこしい小説なんだけども、もしかしたら生きているあいだにもう何度か読むかもしれないな、と思う。さらに年をとってからのほうがわかる部分もあると思うし。「こんなことをこんなしつこく書いて、この作者のプルーストという人はバカなんじゃないのか」と本気で正気を疑うような箇所も山ほどあって、そういうのを探すのも楽しいし。次はまた10年ぐらいしたら、そのときでてる新しい訳で読んでみようかな。

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