向日葵のような【短編小説】
「正美!これ全部運んで!」
「正美さん、トイレ掃除やっといてね」
「正美さ~ん。喉乾いた~」
「はいは~い。全部やっとくから大丈夫ですよ!はい、いつものカフェオレね」
夫の給料が下がった為、少しでも家計の足しにしようと始めたスーパーのパートだが、イヤと言えない性格のせいで、今日も同じパート仲間の3人組にこき使われていた。
「ほんっ・・・とに正美ってとろいんだから、私が旦那だったらイライラするわ!」
「正美さんって家でもそうなんですか?」
「今甘いの飲む気分じゃない~。気がきかないよね~」
正美はこう思っていた。
私のポジションはいつも決まっている
小学生のころはそうでもなかった。中学生になり部活を始めると、瞬く間に同級生や先輩、後輩にまでパシり扱いされるようになった。
高校生、社会人、そして結婚した旦那と、どこにいってもポジションは同じ。
結婚して専業主婦になれば解放されると思っていたが、その夫にもいいように使われる始末だった。
「あの・・・カフェオレ代・・・」
「え?飲みたくないもの押し付けといて払えっていうの?」
「いいのいいの!いつも気が回らなくてごめんなさいね」
今日もジュース代が貰えなかった。
こまごまとしたジュース代や、お菓子代、たまに破れたストッキング代などバカにならない。
そして、最後に言ってしまう
ごめんなさい
この言葉を発する度に吐き気がしていた。
自分は悪くないのにと思えば思うほど虫唾が走る。
「正美さん。あとレジよろしく。一人で大丈夫だよね」
「あ・・はい。いらっしゃいませ~こちらどうぞ~」
レジにお客さんが5人以上並ぶと決まって休憩に行く。嫌がらせなのか分からないが、お客さんの目の前で、隣のレジにお回り下さいの札を立てれれる神経があれば、こんなに人に振り回されることもない。
終業時間になったので、レジを引き継いで休憩室に戻ろうとすると、いつもの3人組の話す声が聞こえてきた。
「正美って便利だよね~」
「なんでも言いなりですものね」
「今度金借りようかな~」
「たぶん、いいのいいの~って貸してくれるわよ」
「ていうかあたし正美から借りてるけどね」
「え~!?いくらですか?」
「10万」
「マジ?ずる~い。私も借りよ~」
「あはははは」
休憩室の扉の前で、悔しくて涙が溢れてきた。
涙を拭き、5歩ほど後ずさりして、わざと足音を立てながらもう一度扉の前に立つ。
「し~っ!来た来た!」
慌てて何も話してないかのような素振りをする。
「おつかれ~い」
「お疲れ様です」
正美も何も聞いてない素振りをする。
どうしていつもこうなんだろう
私とあの人達と何が違うのだろう
こんなに頑張ってるのに・・・
6時間のパートを終え自宅に帰ると、次は部活から帰ってくる子供と夫の為に、急いで食事の支度に取りかからければならない。
主婦に休む暇はない。
正美は夫が口癖のように言う
「主婦のくせに」
が嫌いだった。
何故主婦というのはこんなに立場が弱いのか理解出来なかった。家事をすることが嫌な訳ではない。ただ、
ありがとう
美味しかった
という言葉だけでも良かった。
誰にも誉められることのない主婦という職業。そんなことは分かっている。だけど、その一言だけで頑張れる。
いつか・・・
私が毎日笑顔で頑張っていれば
夫も、パートのみんなだって
私の頑張りを認めてくれる
いつか・・・
今日は日曜日の特売日。
正美はいつものようにレジの仕事をしていた。さすがにこれだけお客さんが多いと、いつも休憩に行くパート仲間もレジに入っている。
とある子連れのお客さんがレジに並んだ時、母親が支払いをしている間、その小学生くらいの男の子が、じーっと正美のほうを見ていた。
たまにあることなのでとくに気にはしなかったが、その子が母親の洋服の裾を引っ張り、何か言いたそうにしていた。
「ねーねー、お母さん、ねー」
「何?今お金払ってるから」
「ねーってば」
「何?後にしなさい」
何やら母親に駄々をこねている。
「ねー、このおばちゃん」
「こらっ、お姉さまでしょ!すみませんこの子ったら・・・」
「いえいえ、利発そうなお子様ですね」
「このおばちゃんの笑顔、ひまわりみたい」
・・・え?
・・・・・・え?
ひまわり・・・
もっと言って~~~~~~!!!
「すみませーん。ケンちゃん行くわよ!」
「ねーねー、ひまわりみたーい」
もっと言って!
もっともっともっと!
もっと大きな声で!
隣のレジにいるパート仲間に聞こえるように!
店内にいる全ての人に聞こえるように!
バックヤードまで響くように!
子供は分かるんだわ。私のこの笑顔が、誰にも誉められたことのない笑顔が。子供は正直だから、私の笑顔がひまわりのように輝いて見えるんだわ!
「・・・あの、すみません」
「・・・ああ!すみません!いらっしゃいませ」
正美は突然の子供の一言に、しばらく呆然としてしまった。
ひまわりみたーい
ひまわりみたーい
ひまわりみたーい
頭の中で子供の言った言葉が何度もリピートされる。
あっという間にパートの時間が過ぎた。いつもの3人組にこき使われもしたが、そんなことどうでも良かった。
私には見てくれている人がいる。ただ汚れた大人には気付きにくいだけ。純粋な子供にはそれが分かる。
私の勝利
正美は自宅に帰ってからもご機嫌だった。
「お!今日はすき焼きか!」
「ええ、たまにはね。うふふ」
「何だよ、気持ち悪いなぁ」
「良いことあったからね。ふふふーん♪」
「主婦ってのは気楽でいいな。それよりビール冷えてんだろうな?」
「はいはい。もちろんですよー」
いつもなら、どんな良いことがあったのか聞きもしない夫に腹を立てる所だが、気分が良すぎて気にならなかった。
たとえ子供からであっても、認めてもらえるということがこんなにも嬉しいことなのかと、正美は実感していた。
数日後
正美はまた、パート仲間の3人組にこき使われていた。
「ねぇ正美。ちょっとストッキング買ってきてくれない?」
「ストッキングならこの店にも・・・」
「ここに売ってるようなダサいのなんかいらねぇよ。そこのコンビニで買ってきて!」
「でも休憩時間もあと10分しか・・・」
「この破れたストッキングでレジに立てって言うの?走って行けば間に合うでしょ?」
「・・・そうね。走れば間に合うわ。行ってくるね。あはははは」
「正美さん、ついでに美味しそうなアイスお願い出来る?」
「あたしカフェオレー」
「はいはい。大丈夫ですよ!」
どうしていつもこうなんだろう。
あの時、知らない子供にひまわりと言われたからといって何も変わらない。
あの人達がストッキング代やジュース代を払う訳がない。
時間内に戻らなければ、時給も削られるし、また遅いの鈍いだの言われる。
正美は近くのコンビニまで走った。
こんな日に限って今朝は夫に車で送ってもらっていた。あの人達は、今日自転車で来てないことを知っているのだ。近いと言っても自転車でもなければけっこう遠い。
荒れた息を整えながら急いで買い物を済ませ、また走った。
「・・・っ!ああっ!」
ズシャッ
小さな溝につまずいてこけてしまった。買ったばかりのアイスの袋が破けて、擦りむいた膝から血が出ている。
今から買いに戻っては休憩時間内に戻れない。
「・・・くっ・・・どうして・・・」
悔しくて涙が出た。
「どうして私ばかり・・・」
歯を食い縛りながら起き上がろうとした時、近くの駄菓子屋からあの時の子供が出てきた。
私の笑顔をひまわりと言ってくれたあの子が・・・
「あ!レジのおばちゃん!」
この際おばちゃんと呼ばれることなんてどうだっていい。
もう一度・・・
もう一度だけ私をひまわりと呼んでほしい。
世界を照らす太陽のように輝くひまわりと・・・
正美は倒れたまま、これまでにないほどの笑顔をその子に見せた。
するとその子が近づいて来てこう言った
「おばちゃん。ひまわりって太陽のほう向いて咲くんだって。おばちゃん人の顔色ばかり気にして笑ってたから、太陽の顔色ばかり伺ってるひまわりみたいだなぁと思ってさ。あははははは」
正美はしばらく起き上がれなかった。
数分後、スーパーには戻らず、そのまま自宅に帰った。
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