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25年前の展示会の図録を欲しくなって

その展示会は、1993年の川崎市市民ミュージアムに始まり、全国各地を巡回しながら展開され、1995年の熊本県立美術館の開催によって幕を閉じた。
当時の私は小学校低学年だったので記憶が定かではないのだが、東京都内で開催されたのは新宿・三越美術館だけだったようなので、両親に連れられて行ったのはおそらくここだと思う。

展示会の名は、「鳥山明の世界」。Dr.スランプやドラゴンボール、ドラゴンクエストシリーズのキャラクターデザインなどで知られる…などと改めて説明するまでもない、あの鳥山明先生の作品をテーマとした初の展示会(参照:Wikipedia)である。
1993年〜95年は週刊少年ジャンプでのドラゴンボールの連載も佳境に入っている時期。これまたWikipediaによると、アニメ「ドラゴンボールZ」が27.5%というとんでもない記録を打ち立てたのが1994年。漫画とアニメも絶好調で、当時の鳥山先生は40歳に差し掛かるタイミングと、クリエイターとして特に脂がのっていた時期だったのではないだろうか。

そんな最中で満を持して始まった展示会だったので、脳の片隅に微かに残る記憶では、とにかく会場が混んでいてとても作品をゆっくり見れたものじゃないと痛感した思い出がある。また、小学校低学年の自分はどちらかというと漫画よりもダイナミックな動きを楽しめるアニメのドラゴンボールの方が好きだったため、絵が中心だったこの展示会そのものをあまり満喫した覚えもない。
なので、展示会がどのような会場装飾で、どういった作品が並んでいたのかもまるで記憶にはないものの、唯一、強烈に覚えていた絵がある。
なぜ覚えていたかというと、展示会場で販売されていた下敷きにその絵が使われていて、それを両親に買ってもらったからだ。そもそも展示会という場所に行ったことも人生で初めてだった気がするので、そのような初体験の中でもらったプレゼントはとても嬉しく、学校には欠かさず持って行った(実際に下敷きとして勉強時に活躍したことは少なく、授業中にその絵を見てニヤニヤしていた)。

展覧会終了後の1996年にはアニメ「ドラゴンボールZ」も大団円を迎え、まるでバトンタッチをするが如く同年に登場したのが、ゲームボーイソフト「ポケットモンスター」。アニメ「ドラゴンボールGT」も始まったが、当時のキッズにはポケモンのインパクトの方が大きく、学校では「ガルーラをようやく捕まえた」とか「クチバシティの港にあるトラックはなんなのか」といった話題で持ちきりだった。

ポケモンでひとしきり盛り上がった後は、少年野球を始めたことをきっかけに野球ゲーム「実況パワフルプロ野球」でひたすらオールA選手(打つ・走る・守るの全てが最高位の選手)を育成することに熱中し、中学校では日韓ワールドカップの影響で「ウイニングイレブン」に手を出し、高校受験の試験前日もマスターリーグ(オリジナルチームを作って実在選手を招き入れたりしながら強くしていくモード)で時間を溶かしたりして、気がつけばもう社会人としてもすっかり中堅どころとなった。

「鳥山明の世界」で買ってもらって嬉しかったあの下敷きは、今はない。いつ無くした(あるいは捨てた)のかも覚えてなく、無くしたことさえつい最近まで忘れていた。

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思い出すきっかけとなったのは、2ちゃんねるのまとめサイトだった。アナログからデジタルへと移行したがゆえに、鳥山明は全盛期の画力を失ってしまった、というトークテーマで無名の名無したちがディスカッションを繰り広げていた。そのやりとりを眺めていた私は、画力を失ったかどうかよりも、「そもそも鳥山明先生の絵についてここまで語り合えるほど自分は絵を見てないな」と思った。
ちなみに私は、最近のドラゴンボール再燃の波に御多分に洩れず乗っかり、ドラゴンボールの漫画はもちろん改めて購入したし、アニメ「ドラゴンボール改」も「ドラゴンボール超」も、ここ数年で公開された劇場版の作品も全てチェックしている。また、ドラゴンクエストシリーズも9以外は全て触れているので、世間的には割と鳥山先生が関わる作品に触れている方だとは思う。
それでも「自分は鳥山絵を見ていない」と思ったのはつまり、鳥山先生の絵と向き合い、アレコレ考えていないということである。そして、そう思った瞬間に、かつて連れて行ってもらった展示会のことを思い出し、あの大好きだった下敷きの存在が鮮明に蘇った。

週末、実家に帰り、物置きなどを探してみたものの、やはり下敷きはなかった。

「これは、欲しいぞ…」

そう思った私は、楽天やメルカリでの検索を始めた。
ところが、ない。まるでない。その代わりによく出品されていたのが、展示会の図録である。下敷きよりも図録の方が保管がしやすく、また、わかりやすくプレミア価格がつきそうなので、保存している方が比較的多かったのである。
迷うことなく買った。そこそこ高級な焼肉店で優雅なディナーを楽しめるほどの価格だったが、躊躇せずにポチった。Amazonのように翌日到着とはいかず、それでもほんの数日待てば届くのだが、その数日が途方もなく長く感じられ、この感覚は久しく味わってなかったな思った。

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悠久の時を経て届いた図録は、とても状態がよく、販売されてから四半世紀以上もの時が経っているのにまるで色褪せていなかった。
そして1ページ1ページじっくり味わいながらめくっていくと、あの絵が突然飛び込んできた。

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「鳥山明の世界」図録 p.51 第501話扉絵用イラスト WJ 第5・6号 より引用

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5分〜10分くらいだろうか。ページをめくるのを止めた。
忘れていたあの頃の記憶が色をつけながら次々と脳裏を駆け巡り、感動なのかノスタルジーなのか、なんとも言い難い感情がブワッと込み上げてきた。
その後、図録を手に入れようと思った動機である、「鳥山先生の絵と向き合い、アレコレ考える」というのをやってみた。すると、少年時代には思いもしなかった考えが浮上してきた。

この絵を25年以上ぶりに見て感じたのは、鳥山先生の“フェチ”である。どこかの記事かなにかで、鳥山先生は戦車や車、ロボットなど、メカメカしいものを描くのが好きであると見たことがある。また、戦車に乗っているキャラ、ミスターサタンは、主人公の悟空などと比べると圧倒的に弱く、それでいてその弱さを世間一般にはひた隠しをしているという、セコいのだがどこか憎めないコメディ感の強いキャラクターであるが、鳥山先生はドラゴンボールではミスターサタンが好きであると語っているのも有名な話だ。

そんな、さまざまな鳥山先生のフェチ、言い換えると「好き」が詰まったこの一枚。もしかすると少年時代の私は、もちろん下敷きを買ってもらった喜びもあっただろうが、この絵に込められている鳥山先生の「好き」の熱量に感化されて、この絵が描かれた下敷きを大切にし、授業中にちょこちょこ眺めてはニヤついていた側面もあったかもしれない。

戦車やミスターサタンに限らず、例えば程よくカッコよさを残しつつ絶妙にデフォルメされた悟飯や魔神ブウや、自分の実力も見定められずにノコノコ登場したミスターサタンに唖然とする悟飯の表情、彼らの背景に果てしなく広がる荒野と晴天など、どの部分を切り取っても構成や色使い、ストーリー作りや細かな描き込みなどのレベルが尋常じゃないくらい高いことに気付かされる。

私は絵を描く仕事ではないから、プロの人から見るとより高い解像度でこの絵の凄まじさを感じ取れるのだろうが、素人の私にもここまで感じさせる力こそが、鳥山先生の作品の素晴らしさなのかもしれない。

多少のプレミア価格はついていたが、間違いなく買ってよかったと思う。実は、図録には2種類、1993年初期に出たものと、1995年の後期に出たものがある。私が手に入れた1995年版には、スーパーファミコンの名作「クロノトリガー」のイラストも載っており、この図録を眺めているだけでまる1日潰せるレベルだ。

小学校の頃からドラゴンボールが好きで、それはもういい歳をした今でもまるで変わらない。このことに気付けたのが本当によかったと思うし、これからもドラゴンボールを好きであり続けたいなとも思うし、この体験は簡単にはお金に変えられないものであるとも思う。

いやあほんと、買ってよかった。

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