見出し画像

車を運転しない僕がF1を見る理由

F1日本グランプリがいよいよ来週、3年ぶりに開催される。コロナで2年間開催がストップしていたので、待ちに待った日本グランプリである。
僕は車も持っていないし、車の運転もしないし運転に苦手意識があるくらいだが、3年前からF1を欠かさず見るようになった。

F1を見始めたのはNetflixでF1の中身をドキュメントした番組、Drive to Survive (日本題はFormula1 栄光のグランプリ)を見たことがきっかけだった。ちょうどこの番組が放映された直後に2019年シーズンが始まるところで、そのシーズンからホンダがトップチームの一つであるレッドブルレーシングにエンジンを供給することも決まっていたため思い切ってDAZNに契約してF1を見ることになったのである。

Drive to ServiceはF1のなかで働くドライバー、エンジニア、チームスタッフを1年間にかけて追ったドキュメンタリーで2019から放映された↓ 

Drive to Surviveと大体2週間に一度世界のさまざまな都市のサーキットで開催されるF1グランプリを欠かさず見ている僕だが、それは単純にスポーツを楽しむ側面が50%、それ以外の部分でエンジニア、あるいは仕事人として学ぶ側面があることが50%で、その後者の50%の部分を今日は書きたいと思う。

F1は世界最高峰の技術の戦い

F1というのは各チームが車を開発し、その速さを競い合うスポーツである。
1チームのF1カーの開発費は100億〜250億。
これは、ほとんどの日本の大企業の製品開発費をはるかに上回る額であり、F1カーは世界最高峰の技術製品なのである。

信じられないくらいのプレッシャーで仕事をする人をみる唯一の場所

F1はこの200億以上かけて開発された車を走らせて速さを競うスポーツなのだが、そのレースは年間約24レースしかない。
F1チームは10チームしかなく、F1ドライバーは各チーム2人の合計20人しかいない。
つまり全チームで何千億というお金がたった20人で競われる24回のレースに投下されるというクレイジーなスポーツなのである。
F1ドライバーは世界に20人しかいない。つまり世界に20人しかなれない職業なのである。これはどんなプロスポーツよりも少ない数であり、競争はものすごく激しいものになる、また日本のプロ野球が年間約180試合あることを考えると、23レースしかないF1は1レースごとにレーサーやチーム、エンジニアにかかるプレッシャーはものすごいものになる。
Driver to Surviveを見ると、この強烈なプレッシャーの下でこれらの人がどういうふうに働いているのかを垣間見ることができる。
強烈なプレッシャーのなかで働く人のもろの姿を見て、彼らが強烈なプレッシャーとどう共存して生きているかがエンジニアとして生きる自分にとても参考になる。

わかりやすい例として、レーサーやチーム代表がオフの時にどのような気分転換をしているシーンがよく出てくる。
あるレーサーはプレッシャーとうまく付き合うために、パーソナルコーチを雇い、そのコーチがレーサーの調子の悪い時はオフの日にカイトサーフィンや山登りに連れて行って悪かった結果を忘れさせようとしている場面がある。一見タフに見えるレーサーたちも自分の状態を落ち着かせて次の戦いに備えるために苦心しているのである。

ありえないほどの不条理が降りかかる

他のスポーツと違ってF1ではレース中にとんでもない不条理なことが起こる。

  • スタート直後に他の車同士の事故に巻き込まれて自分もリタイヤする

  • ずっと1番を走っていたのに、レース終盤で他の車が事故を起こしてレースが中断し、中断後は各車に差がない状態で隊列を組んでリスタートするので、リスタート直後に抜かれて優勝を逃す。

  • 才能や腕があっても速い車を持ったチームに移籍できずレースで結果が出ない

  • 1番を走っていたのに最後の1周で道に落ちている他のチームの車が落とした部品を踏みパンクしてリタイヤする


など、F1レーサーには自分ではコントールできない理由で結果が出せず、それによって自分のキャリアが脅かされるということが他のスポーツではありえないほど頻繁に起こる。
またレーサーだけではなく、チームのマネージャーやエンジニアにとってもせっかく車の調子が良くても、自分のチームのドライバー同士がレース中に競争心をむき出しにし互いに衝突して同時リタイヤする、なんていうこともよくある。

このように自身の成功やキャリアというものが自分でコントロールできない要因によって破壊されるという非常に不条理な仕事がF1なのだ。
ただ人々はこういうあり得ないほど不確実な環境でキャリアを築いてきた人間であり、こういう不条理な出来事が起きたときほど彼らの超人的にプロフェッショナルな姿勢を見ることができる。
その場面では相手を罵っても、後で謝りに行く
チームのせいだと分かっていてもそれを口にせず、誰も責めないような発言をする
感情を爆発させたとしても、それは今日だけのことであり、明日には別のことを考えられるようになっているだろうとメディアに発言し、これが今だけだということを表明し、必ず未来の自分に何らかのスペースのようなものを残しておく、
などなど、
このような不条理な出来事が起こった際に彼らがどう振る舞うのかを見るのがすごく人生の参考になる。

ありえないほど微妙な人間関係

F1というのはとにかくお金がかかるスポーツで、スポンサーとの関係や様々な政治が大きなウェイトを占める。
そのなかで人と人は利害が衝突する。英語では人と人との空気がすごく微妙になった状態のことをAwkwardと表現する。(僕たちはAwkward=不器用な、と学校で習ったが、このAwkwardは、現在、人と人がめちゃくちゃ気まずい状態になった時の状態を表すために使われることが多い)
F1では、とにかくこのAwkwardな状態がよく起きる。利害の衝突がとても多いからだ。
各チームには2人のドライバーがいるが、この2人はチームメイトでもあるがライバルである。
またチームはエンジンを自前で作らずにエンジンメーカーから調達しているチームもあるが、そのエンジンメーカー自体もチームとして存在する場合、両者はコース上ではライバルでもあるのだ。
このような複雑な利害関係の上に成り立っているスポーツなので、Awkwardな空気が生まれることがとにかく多い。
僕がDrive to Surviveのシーズン1を見て衝撃を受けたシーンがある。
レッドブルというチームがそれまでエンジンを調達していたルノーからのエンジンを来年から使わなくなるという決定をして、その記者会見に臨む日の朝のシーンだった。
ルノーはF1に自分達もチームとして出走しているのでライバル関係にあり、ライバルからエンジンを買ってもまともなサポートが受けられないと判断したレッドブルだったのだが、会見の朝、レッドブルの代表がルノーの代表と会見場の入り口で会った時、お互いに変な笑みを浮かべているのだが、目を合わそうとせず挨拶もしないでそこで待機して会見の時間が来るのを待っている。
いままで一緒に仕事をしてきた同士なので、お互いのスタッフとは挨拶をするのだが、代表には目を合わせようとしない。
いままで僕が見てきたあらゆるAwkwardなシチュエーションをはるかに凌駕するAwkwardな光景だった。
こんな気まずい状況がビジネスの場でありうる、起こりうる、ならば僕が自分の仕事で体験するAwkwardな状況なんてその何百分の1であり、そんなに気にすること無いんじゃないか、と思った。
また、ヨーロッパの人はコミュニケーション能力が高いので、Awkwardな状況になることはあまり無くいつもうまく回避しているのだと今まで思っていたが、コミュニケーション能力が高い人でもこんなAwkwardなことになることもあるし、むしろAwkwardな状況を受けて立つ、というときがあるのだと知った。なんとなくだが、Awwardって起こりうるし、起きてもいいし、受けて立ってもいいものなのかもしれないと、このシーンを見て妙に気持ちが軽くなった気がしたのだった。

そんな2人だが、数ヶ月後のあるレースをテレビで見ていると、レースが始まる前、サーキットの道の上でフランクに談笑している姿がテレビに映っていた。
これも自分にとっては衝撃だった。あんな気まずい状況を経験した間柄なのに、こんなふうに何事もなかったように会話ができるなんて、なんてプロフェッショナルなんだろうと。
F1のチーム代表というのは、あり得ないほどの不条理をいくつも乗り越えてきた人たちで、彼らのプロフェッショナルな行動を垣間見ることはすごく良いロールモデルとなると僕は思っている

僕はまだ20代の頃スウェーデンで働いていたことがあり、その頃一緒に働いたスウェーデンのマネージャーたちから多くのことを学んだ。今は独立してしまったので彼らから学ぶことはもうできなくなってしまったが、F1のチーム代表を見ていると、当時学んだことの続きとなる教材がそこにあるような気がしてならないのである。

このようにネットフリックスのDrive to Survive(Formula1栄光のグランプリ)とF1の実際の年間23回のレースを通してみると、いろいろな仕事人たちが信じられないくらいのプレッシャーと不条理な環境のなかで最高のパフォーマンスをするために努力し、サバイブする様がよく分かる。普通の世界で仕事をしている僕たちがこれほどの過酷な環境に置かれることはないと思うので、彼らがどのように環境に対処しているかを見ることで、何分の1でもその方法から吸収、実践できれば僕たちの仕事のなかでサバイブしていくことは十分に可能であろう。


来週の3年ぶりの日本グランプリは10歳の息子と見に行く予定である。今回は一生に一回だと思って各チームの作業するピットが遠巻きだが見れるシートのチケットを購入した。いつもテレビ越しに見ているレーサー、エンジニア、そしてチーム代表たちの仕事ぶりを少しでもそこから見れたらなと思う

つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?