『カメラを止めるな!』を観て、自分はみっともねえ奴隷だと知った話

映画「カメラを止めるな」

水谷健吾です。脚本家をしています。新型コロナウィルスによって大きな打撃を受けたエンタメ業界ですが、あれやこれやとオンラインで出来ることを探しています。

そんな中、映画『カメラを止めるな』のチームがリモート作品を製作したというニュースを目にしました。

「すごいな。俺も頑張っていかないとな」と思いながらも、ふと『カメラを止めるな』を観に行った時のことを思い出しました。確か、日本橋にあるTOHOシネマズです。2年近く昔の出来事に懐かしさを覚えながらも、ズキリ、と心の傷が痛みました。

僕はあの日、自分が奴隷であることを思い知ったのです。

『カメラを止めるな』を観にいくまでの流れ

世間で話題になってから、比較的早いタイミングで見にいきました。ネタバレやもちろん、口コミを含めた事前情報を極力見ないようにし、日本橋駅に着いてからはイヤフォンで外部の音を遮断しました。嘘です盛りました。ただ、それくらいネタバレには気をつけていたのです。

僕が知っていたのは

・カメラを止めたらダメらしい

・ゾンビ映画を作っているっぽい

・ポスターが黄色い

くらいです。ちなみに作品のあらすじはこのようになっています。

とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。​本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に 本物のゾンビが襲いかかる!​大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。

上記の情報さえほとんど知らず、僕は映画館のふかふかの席に座っていました。思えば気が緩んでいたのでしょう。さすがにあらすじくらいは知っておこうかと、グーグル先生で『カメラを止めるな』と調べてしまったのです。

そこには「事前情報なしで見に行くべし」「ネタバレなし」と書かれたブログタイトルがありました。

ぬかった、と思いました。

正直、僕も脚本家の端くれなんで分かっちゃうんですよ。この「事前情報なしで見に行くべし」「ネタバレなし」という言葉が何を意味するのかを。事前情報がない方が楽しめる「何かしらの仕掛け」が作品の中にあるってことなんです。

やっちまった、と思いました。

とはいえ僕も大人です。調べたのはあくまで僕。ブログ主に責任はありません。少々のため息と、

『いや、マジでふざけんなよ。え?そういうの書く?書いちゃう?マジで意味わからんわ、その神経がわからんわ。…いや、分かっちゃうからね!?滲み出てちゃっているからね?「ネタバレありますよー」「どんでん返しありましたよー」っていう書き手のドヤが、言いたい欲が、ブログタイトルに如実に浮き出ているからね?っていうか、こういうネタバレを滲ませた媒体がSEOで上位表示されるのどうなの?グーグル的にアリなの?いやこれ、WELQ問題よりも根深いよ。…わかりましたわ。日本のエンタメの足を引っ張っているの、間違いなくこれですわ。この検索システムですわ。完全にグーグルが、アメリカが日本を陥れようとしていますわ!』

というちょっとした愚痴を心の中でつぶやき、上演開始を待つことにしたのです。

上映開始

正直、この時点で僕の気持ちは冷めていました。

仕掛けというのはバレないから仕掛けなのです。「切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て」と幽遊白書で蔵馬と黄泉も言ってます。そして「ゾンビ映画をつくる話」という事前情報を鑑みれば、その仕掛けというのが一体なんなのか、だいたい予想ができてしまう。

そんな中、館内が徐々に暗くなり予告編が始まりました。

むちゃくちゃ最高でした。

最&高でした。

エンドロールが終わりきるまで、じっくりと作品に浸っていました。あと、なんかちょっと泣いてました。

ということで、今から怒涛のごとくネタバレを書いていきます。ここまでネタバレ哲学を語っておいてアレなんですけど、ここから先は既に映画を見た方、ネタバレされてもOKだよという方向けの内容となっています。ちなみに『カメラを止めるな』をまだ見ていない方に一言。

見たことない映画の話題によくぞ、ここまで付き合えましたね。

好きです。

『カメラを止めるな』の仕掛け

この映画の仕掛けは『自主映画を撮っている団体がゾンビに襲われる』というドラマを撮影していたというものです。ただし、監督役の男性が突如カメラ目線になったり、レンズについた血をカメラマンが拭ったりするので、けっこう早い段階で劇中劇だと察することができます。

僕もまた「あー、なるほどね。それがこの作品のオチなんだろうな」とタカをくくっていました。

ここです。ここが罠でした。

僕は、この時点で大きな罠にハマっていたのです。

作品が始まって40分後。僕が予想した通りの仕掛けが明かされました。ただし、それは「オチ」ではなかったんです。単なる解説パートや謎解き部分でもありません。この後に、大きなドラマが待ち受けていたんです。

そう。ここからが「本番」でした。

40分以降にこの映画で描かれていたのは、「自主映画を撮っている団体がゾンビに襲われる」というドラマを作るきっかけ、監督役の男性が真の主人公であること、そして彼がこのドラマに関わることを決めた理由と葛藤、さらに癖のあるスタッフや役者陣に囲まれて悩む彼の姿でした。

それらの事情を全て知った上で、最初の映像を改めて観ることになります。すると、作品が全く別の意味を持ち始めたのです。そこには、僕が想像していたよりも、はるかに濃密な物語が広がっていました。

ふと僕は、映画「カイジ」のEカードにおけるワンオーンを思い出していました。香川照之さん演じる利根川に対して、藤原竜也さん演じるカイジが吐くセリフです。下記に引用します。(脳内で濁点をつけておいてください)

あんたは優秀だ。俺が出会った大人達の中じゃ文句無くナンバーワンの切れる男さ。そんな優秀な男が、まず、この血に気付かないはずが無い。気付く。気付くさ。そして、気付いたら、この血をそのまま単純に信じたりなんかしない。洞察する。血は仕掛けと見る。こちらの作為を見抜く。(中略)そして、ほくそ笑む。この、バカめと!!そうなれば、もう自分の勝ちを疑わない。そりゃあそうさ!なんせ今自分が相手にしているのは、優秀な自分と比べたら話しにならねえクズ!ゴミなんだから!驕るよな、驕るよな優秀だから!(中略)その、優秀ゆえの驕りを討ったんだよ!!このみっともねえ奴隷がぁぁぁぁぁぁ!!

これですよ!!!

一度「この作品の仕掛けが分かった」と考えるとそこから先はもう疑わない。僕は驕っていたのです。しかし、それよりはるか先の景色をこの映画は見せてくれたのです。エンドロールを見ている僕に、上田監督の声が聞こえてきたようでした。(脳内で濁点をつけておいてください)

あんたは優秀だ。いくつもの映画を見てきて、発言も的を得ている。SNSで評論家を気取るには十分な男さ。そんな優秀な男が、まず、この映像の違和感に気付かないはずが無い。気付く。気付くさ。
そして、気付いたら、この設定をそのまま単純に信じたりなんかしない。洞察する。自主映画は仕掛けと見る。こちらの作為を見抜く。
(中略)そして、ほくそ笑む。この、バカめと!!
そうなれば、もう自分の思考を疑わない。頭の中は「なんてツイートしようか」という考えでいっぱいだ。
そりゃあそうさ!なんせ今自分が観ているのは知名度のないクズ!ゴミなんだから!驕るよな、驕るよな優秀だから!
(中略)その、優秀ゆえの驕りを討ったんだよ!!このみっともねえ奴隷がぁぁぁぁぁぁ!!

僕はみっともねえ奴隷でした。

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