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中国の対ASEAN外交戦略の転換

中国が外交戦略を明確な形で大きく転換させたのは2006年のことである。胡錦濤国家主席が「中国の外交は、発展利益だけでなく、国家主権、安全の擁護に貢献すべきである」と宣言し、それまでの「パートナーシップ(夥伴関係)」に基づく協調路線から大きく舵を切っている。

日本にとっては尖閣諸島問題や東シナ海ガス田問題での強硬姿勢などで、実感として「押してくる中国」を感じ始めた時期と重ならないだろうか?

日中関係は2006年当時、日本が小泉政権下で「政冷経熱」(政治分野では冷却しているが、経済分野では過熱している)状態にあったと言われる。

しかし、政治と経済を分けて考えて良いほど、単純な話だろうか?

その後、日中政府間関係の局面打開時には、中国は日中関係をして「パートナーシップ(夥伴関係)」と呼ばず「互恵関係」と表現して区別した。これの意味するところは何なのか?

日本が中国がアグレッシブに出てきたなと感じ始めた頃、ASEAN諸国にとっては、南シナ海問題の深刻さが、まさに「水面下」で増していた。

この頃を境に、「国家主権」の明確化に基づく、中国による「パワーポリティクス時代」が到来したと見てよいだろう。


中国の対アジア外交戦略の過去の推移をざっくりと振り返ると、以下のように整理される。

1950年代~70年代 アジア・アフリカ諸国(第三世界)との社会主義外交の時代
1980年代~90年代半ば アジア太平洋(中国は自らを発展途上国と位置づけ、東南アジアに多い華僑や華人経済人へ協力を要請)
1990年代半ば~2000年代半ば アジア:小周辺と大周辺(経済協力を中心としたアジアの取り込み戦略)
2000年代半ば以降 国家主権の明確化(パワーポリティクスの時代)


日本の中でも中国に対する認識ギャップが激しくなるのは、それだけ中国の変化が激しく、各人が中国と関わったり勉強したりした時期によって、受ける印象が違ったものになるからだろう。

特に、2006年以降に顕著な中国の外交戦略の大きな変化を、中国の対外経済活動の定量的な変化を見ながら比較すると、外交戦略の質的な変化が、いかに経済活動の量的な変化に裏打ちされたものであるのか一目瞭然となる。

筆者が、「政治と経済は密接に関連している」と思う根拠でもある。

以下のグラフは、2001年を基準(100)とした場合の中国の輸出・外貨準備・直接投資・対外援助・経済合作の量的変化(1990-2015)をプロットしたものに、中国外交政策の変化をステージ分けしたもの。

(ソース:末廣昭教授、2016/8/23 バンコクご講演資料。筆者が中国外交政策の変化推移を追加した)


上記グラフの各項目の元データ(単位:100万ドル)は以下の通りである。

(出所:①輸出金額:「中国統計年鑑」、②外貨準備:日本総研「アジア・マンスリー」巻末統計資料、③直接投資金額:2001年までは「国際収支表」、2002年以降は「中国対外直接投資統計公報」および「中国統計年鑑」、④対外援助金額:1990-2000は小林誉明(2007)、2001年以降はKitano and Harada (2014)、⑤経済合作金額:「中国統計年鑑」17-22 対外経済合作)

各データの伸び率を中国がWTOに加盟した2001年を基準にして、2014年の数値を見ると、

貿易(輸出金額)は8.8倍、
外貨準備高は18.1倍、
直接投資(中国からの対外投資)は17.4倍、
対外的な経済合作は14.7倍

となっている。驚異的な伸びと言えるだろう。

注目すべきは、対外経済合作契約金額が対外援助金額よりも20倍以上大きい点である。要は、中国は今も昔も、外交カードとしての(見かけ相手国の為の)援助より、直接的に実利がある(基本的に中国の為の)共同事業の方を、他国との関係作りの中心に据えてきたということだ。

そして、中国の対ASEAN外交の変化についても、日本・ASEAN貿易と、中国・ASEAN貿易の推移中国の推移(単位:百万ドル)を見てみると、対ASEAN貿易金額が日本を抜いたタイミング(2008年)が、ASEANに対する外交姿勢に明確な変化が表れた時期とほぼ重なっていることが分かる。

(ソース:末廣昭教授、2016/8/23 バンコクご講演資料より、出所:中国・ASEAN貿易はGlobal Trade Atlas、日本・ASEAN貿易は財務省統計より)


対ASEAN貿易の、変化を改めて数字で比較すると、

1990年:中国 74億ドル < 日本 650億ドル(日本が中国の8.8倍)
2008年:中国 2310億ドル < 日本 2194億ドル(中国が日本の1.05倍)
2015年:中国 4653億ドル < 日本 1928億ドル(中国が日本の2.4倍)

である。

大きい方が偉い(強い)のだからルールを決める権利がある、という発想(=パワーポリティクス)が、ASEANに対する外交姿勢の変化に全面的に出ていると言えないだろうか?

しかし、貿易金額の合計ではなく、貿易の内容をもう少し細かく見ていくと、違った側面が見えてくる。次回では、中国の「一帯一路構想とAIIBの狙い」について考察する為の前提知識として、ASEAN各国からみた日中のプレゼンスの差異および変化についておさらいしたい。


(3)「ASEAN各国からみた日中のプレゼンスの差異と変化」へ


<参考文献>

Kitano, N., and Y. Harada. "Estimating China's Foreign Aid 2001-2013." JICA-RI Working Paper No. 78.(2014).

小林誉明著「中国の援助政策-対外援助改革の展開-」『開発金融研究所報』(2007)