見出し画像

【2024 読了 No.31】枡野俊明著「仕事も人間関係もうまくいく放っておく力―――もっと「ドライ」でいい、99の理由 (知的生きかた文庫)」(三笠書房)読了。

著者は曹洞宗の僧侶にして、世界的にも高い評価を受けている庭園デザイナーで、しかも多摩美術大学の教授である。

プロフィールについては読んでいる途中から知った。

題だけを見て飛び付いた。

今、自分がいちばん読むべき本はこれだと思ったからた。

「人間関係に振り回されない人は、放っておく力のある人です。」

禅語には、一切の執着を捨て去ることを意味する「放下着(著)ホウゲジャク」という禅語があるそうだ。

だから、「放っておく力」を発揮する生き方は、禅的な生き方でもあると著者は強調する。

ウ~ン☹️
そんな単純に言い切れるかなぁ?
少なくとも悩める私には、著者の本を読んで、
「これからは放っておくようにしよう❗️」という気持ちにはなれなかったな。
先ずは、私が苦しんでいる人間関係の質が違う。著者の本は職場の人間関係が中心だが、私の悩みは職場の人間関係ではないからだと思う。

犬のフリスビーのトレーニングや、私のランニング、そして、予備校や塾への通勤時間(職業柄昼間のことも多い)で出会う、人を邪魔する、(こっちから見たら、見知らぬ)爺さん婆さん達との関係だ。

彼らは著者の言うような「放っておく」態度を取ると、

「この女は反撃しない。だから、攻撃しても大丈夫」と解釈する。

【読了 2024 No.27 】大鶴和江著『「ずるい攻撃」をする人たち』(青春新書)は、攻撃する人の心理をそのように読み解いていた。

これは、子供の頃からの私の悩みでもあった。

私はデブで運痴で(※スポーツ万能に変身したのは、中高一貫の私立に入ってから)、そのくせ勉強がメチャできたので、半端なく苛められた。

毎日のように泣いて家に帰るのだが、父(※祖父の経営する工場の中に家があったので、父は毎日家にいる。)はいつも同じことだけを言う。

「相手にするな❗️(=放っておけ!)」

私はいい子だったので、父の言いつけを頑なに守った。

だが、ハッキリ言って、これは逆効果だったと言わざるを得ない。

今思えば、まさに「相手にするな」と言われて反撃しないことが、「無抵抗」「服従」「臆病者」と取られてしまったのである。

廊下で五人もの男の子に殴る蹴るのイジメに逢ったこともある。

「相手にするな」という父の言いつけを守って抵抗しなかった。結果されるがママになった。

廊下を他のクラスの担任が通り掛かったが、止めることなくスルーされた。

不当なイジメや誹謗中傷には、放っておくより、本気で怒ったり戦った方がいいと気がついたのは、大学院博士後期課程を中退して予備校講師の仕事に専念したときが初めてだった。

婆さん院生に、

「渡辺さんは声が出なくなって、お休みしている」という噂を広げられたことを知ったからである。

ご丁寧にご自分でそういう内容の手紙を送ってきた。

「辛いときは、どうぞ無理をせずお休み下さい」だと‼️😡💢

ふざけんな💢💢💢

予備校の講師として、専門外の時代の本を旺盛に読んでは授業に反映させる、充実した毎日を送っていたのに。

なにが、休めだ‼️

研究者をやめたのだから、学界でどんな噂を広げられたって、「そんなの放っておけ」と思う人もいるかも知れないが、私はやっぱりそう思わなかったし、このときは電話でそのBBAに抗議の電話をした。

人間を怒鳴ったのは、これが初めてだと思う。

感情に任せて罵ってやった。

「心配してあげてるのに、何てことを言うのですか?アナタは❗️」と言い返してきたが、

「そのおせっかいが迷惑なんだよ‼️」と言い返した。

感情に任せて何かを言ってしまうと、時間がたった後、恥ずかしくなる。だから、感情に任せてものを言うな!と、父には言われ続けていた。(そう言う本人は、酒が入ると、感情に任せて家族を怒鳴りまくる男だったが😑)
だが、それは正反対だった。

心のモヤモヤを洗い流し、とってもスッキリしたし、清々しかった。

それ以来、私は怒るべきときは怒るようになった。

思うに、この本の著者のように社会的ステイタスの高い人なら、攻撃したりイジメたりする人はいないだろう。

著者のように、世界的な名声のある人なら、変な噂を広げる人がいたとしても、そんな噂を信じる人もいないだろう。

社会的地位のある人の言う”綺麗事"は、取扱い注意だな。社会的弱者は、社会的地位の高い人の、すこぶる道徳的に正しいことを鵜呑みにするのは危険⚠️である。
何故なら、まわりの見る目が全く違うのだから。

放っておいたつもりが、無抵抗、臆病ってとられて、攻撃がさらに激しくなることもある。

そこで思ったのだが、
一口に単に「放っておく」と言っても、そのときの態度の違いで、相手の取り方も違ってくるのではないか?

著者のような社会的地位を今すぐに身につけるのは無理。
ても、社会的地位のある人のような振る舞い………
より具体的に言えば、「毅然とした」とか、「優雅な」とか「堂々とした」とかの振る舞いを心掛けてみたら、どうだろうか?

それは、読者たる私の課題だな。
苦しんでい嘆いている位なら、実践あるのみ💪


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?