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ひとつの守備の持つ意味 -信念とガッツあふれるスーパープレー・加藤翔平-

 ビジター球場での勝利は嬉しくてたまらないのに、いつもちょっとだけせつない。試合後のヒーローインタビューに呼ばれる選手が、ひとりだからだ。たとえバッテリーが相手チームを0点で抑え、3者連続ホームラン、トリプルプレーがあったとしても、マイクを渡されるのは たったひとり。

 2022年9月3日、ヤクルト対中日20回戦。中日が連敗を止めたこの試合にも、派手さこそないが何人ものヒーローがいた。
 4回裏にピッチャーライナーを太ももに受けながらも、8回途中1失点でヤクルト打線を見事おさえた先発、小笠原慎之介。
 長いスランプから脱出し、前日からの7打席連続出塁・6打数連続安打中で、1ヶ月ぶりのホームランを放った4番、ダヤン・ビシエド。
 1回表には先制点のチャンスメイク、7回表にはタイムリー2ベースを放ったキャプテン、大島洋平。
 リードの見直しを目的としたリフレッシュ抹消からの復帰戦で、見事なリードを見せたレギュラー捕手、木下拓哉。
 それぞれの選手の口から直接、この試合に懸けた思いを聴きたかったけれど、ビジターでは叶わない。

 そして、実はもうひとり、ヒーローインタビューで喋ってほしかった選手がいる。

 

 

 あとから実況の文字起こしを載せるけれど、百聞は一見にしかず・・・というから、まずはこのプレーを見てほしい。


 そのときはまだ帰宅途中で、運転しながらラジオを聴いていた。
 試合終盤で4点リードとはいえ、相手はヤクルト、そこは神宮。かつて10点差からの大逆転負けを喫した経験が、勝利の予感にゆるむ頬を引っぱたく。
 しかもバッターボックスに立つのは、あの山田哲人。今シーズンは調子が今ひとつとはいえ、チャンスにめっぽう強い山田にタイムリーが出れば、次には“村神様”を拝み、オスナ、サンタナが控える重量打線。一気に畳みかけられ逆転される可能性は、否定できない。

 緊迫の打席の6球目。

ツーエンドツー2ボール2ストライクです、投球6球目。
5対1、ドラゴンズ4点リード。
8回の裏、2アウト、ランナー三塁。
3番山田哲人に、代わったロドリゲスが6球目、足を上げて・・・投げました!ゆるいボール、打った!打ち上げた!左中間へ飛んでいく!レフトとセンター追いかける!追いかける!追いかけてレフトがスライディングして、捕ったー!捕った捕った捕ったーーー!ファインプレー!加藤翔平、捕りましたーーー! 大・ファイン・プレー! 3アウトー!
ロドリゲスが両手を突き上げて、加藤翔平を称えます!

2022.9.3  【実況】寺島啓太アナウンサー/東海ラジオ ガッツナイタースペシャル


 実況アナの絶叫が、夜道の車内に響きわたる。ラジオの実況はテレビより誇張されていることがままあるけれど、「大・ファイン・プレー」とわざわざ区切りながら叫ぶからには、加藤翔平はよほど魅せるプレーをしたに違いない。
 見たい! すぐにでも見たい!
 でも、ビジターでのヤクルトー中日戦は、東海圏ではかなりの確率でテレビ中継がなく、この日ももちろん録画予約はできなかった。

 帰宅してラジオをつけ、すぐさまTwitterを開く。こういうとき何よりも情報が速いのはTwitterだと、かつて娘が教えてくれた。そのうち動画がアップされるだろう。映像を見たいとつぶやくと、「まず期待は裏切らないですよ!」と返ってきた。

期待がより高まってくる。

 

 

 加藤翔平は2021シーズンの途中にロッテからトレードで加入した、俊足強肩かつスイッチヒッターの右打ちも左打ちもできる外野手で、古巣のロッテでも中日でも初打席でホームランを放っている、言うなれば“持ってる”選手。2022シーズンでは主に終盤の代走から守備固めとして起用されることが増え、特例2022コロナによる離脱以外は一軍で過ごしてきた。

 守備固めの多くは、終盤に自チームがリードしていないと出番がない。妻と幼い2人のこども達と離れ単身赴任の加藤は、自宅で応援する家族にプレーする姿を見せたくても出番までにこども達が眠ってしまうこともあるという。ホームゲームでは9回表からの出場も多く、打席に立つチャンスも決して多くはない。
 チームが最下位に沈んだ今季、加藤翔平は66試合に出場して31打席。1年目の28打席を除けばキャリア最少の打席数だったが、今季の初安打は勝ち越しタイムリー、シーズン最後の2打席でもダメ押しタイムリーにヒットと、勝負強いバッティングを見せた。

 

 

 一部のドラゴンズファンの間で加藤翔平は、もしかしたら試合での活躍以上に、若手選手に慕われる優しい兄貴的存在として有名かもしれない。試合前の選手たちの様子を見ていると、彼は常に岡林勇希、郡司裕也、高松渡、溝脇隼人など、後輩の野手に囲まれている。その筆頭が、#かとばやし というハッシュタグができるほど親密な距離感の岡林だ。タグで検索すれば、実に多くの動画や写真がヒットする。



 加藤本人は後輩達に「なめられてる」と語っているが、一見そう見えるほど話しかけやすい空気感を作っている彼だからこそ、チームのためにできることがある。若手選手の教育やサポートだ。

 彼らを身近で見てきたスポーツ報知のドラ番・長尾隆広記者のコラムからは、彼と後輩達との関係が垣間見える。

「ちゃんとダメなことは、ダメと言ってあげたい。間違ってることは、怒ってあげられる先輩でいたい。自分もそうしてもらいましたから」

長尾隆広,「僕は監督の切りやすい手札でいたい」中日・加藤翔平が覚悟を決めた“生きる道”,
文春野球コラム,2022/07/02

岡林の打撃を陰で支えるのは、加藤翔平外野手。守備はもちろんだが、打席を見た感想を、ほぼ毎打席ごとに聞きに行く。加藤翔は以前、岡林についてこう話していた。

「あいつのセンスはすごいですけど、何よりすごいのは吸収力です。監督や首脳陣だけじゃなく、福留さんや大島さんといったすばらしいお手本がいて、ちゃんと話を聞いてしっかり自分のものとして表現できる。僕も、いろいろなアドバイスを上手に表現できたら違う野球人生だったろうなぁ……」

長尾隆広, プロ入りしてから“唯一、完璧”なヒットを放った日…中日・岡林勇希が得た打撃の“確信”,
文春野球コラム,2022/08/02

 長尾記者が書いたこの光景はテレビ中継にはのらないけれど、現地観戦のファンからの投稿動画でいくつも見ることができる。


 岡林勇希は今季セ・リーグの最多安打賞に輝き、三井ゴールデン・グラブ賞、ベストナイン賞を受賞した、20歳の期待の外野手。
 高卒3年目の彼の飛躍のかげには、信念をもって使いつづけた立浪監督はもちろんだが、攻撃・守備ともにコンビを組んだ大島洋平、そしてこの加藤翔平の存在が欠かせない。リードオフマンとして背中でチームを引っぱりつづけた大島がプロ野球選手・岡林の父なら、時にはやさしく時には厳しく見守りつづけた加藤は母かもしれない。

 今季をリーグ打率2位で終えた大島と、リーグ最多安打の岡林。同じリードオフマンタイプのふたりがスタメンとなると、あとひとつ残された外野のスタメンには、どうしても加藤のような俊足の打者よりも大砲が期待されてしまう。
 加藤は自身について、長尾記者にこう語っている。

「野球選手である以上、レギュラーで出たいという思いは当然あります。それは今でももちろん持っている。でも、うー(鵜飼)やバヤシ(岡林)みたいな才能ある若手が2、3年後にチームの中心となって、ドラゴンズが優勝争いしなければいけない。僕は、立浪監督の切りやすいカード、手札でいたいんです。例えば、勝負どころで『代走・高松』のカードを切る前。誰かいないか?となったとき『翔平、いくぞ』と呼ばれ、その期待にしっかり応えられる選手でいたい」

長尾隆広,「僕は監督の切りやすい手札でいたい」中日・加藤翔平が覚悟を決めた“生きる道”,
文春野球コラム,2022/07/02

 進化の途上にあるチームでの自身の立ち位置、そして期待される役割。加藤翔平はひとりの社会人として、それを冷静なまなざしで見据えている。

 

 

 2022シーズン中に国内FA権を取得した加藤だが、生えぬきではない移籍組で、来季は32歳。決して安穏としていられる状況ではない。それでも彼は先月、中日と複数年契約を結んだ。
 来季に向けて大幅な選手の入れ替えを行った中日は、大砲として期待される外野手、アリスティデス・アキーノや、かつて中日でプレーしたことのあるソイロ・アルモンテとの契約を発表した。もとより、外野にはレギュラーの大島洋平と岡林勇希がいる。その他にも、鵜飼航丞に三好大倫、郡司裕也、ブライト健太、伊藤康祐などの若手も虎視眈々と外野の3つの椅子を狙っているし、加藤と同じく俊足強肩の守備の名手で、守備固めとして活躍した後藤駿太もいる。
 そのなかで加藤翔平に提示された複数年契約は、球団や首脳陣からの厚い信頼の証しだろう。数字では測れないチームへの貢献度の高さが、彼にはきっとあるのだ。

 契約更改後のインタビューで、彼は言った。

「言葉の選択を間違うと難しいですけど、僕自身、便利屋で良いと思っている。今の現状に満足したわけではないけど、代打、代走、守備、全部信頼を勝ち取れるようにもう一回、やりたい。最後に優勝できれば良いかなと思います」

加藤翔平がFA権を行使せず2年契約「便利屋でも良い」
100万円アップの2300万円でサイン
,スポーツ報知,2022/11/20

「便利屋」
 彼は決して便利屋に甘んじているのではない。ピンポイントで職人技を発揮する便利屋を、自分の“生きる道”として死守しようとしているように見える。

 


 

 あの加藤翔平のスーパーキャッチを、違う角度からもう一度だけ見てほしい。
 ラジオの実況とTwitterのタイムラインから想像をふくらませて動画を漁っていたあの晩、この動画を見ていて涙がこみ上げたのを覚えている。マウンド上で彼を讃えるジャリエル・ロドリゲスの姿、拳を突きあげてダグアウトから次々に出てくる選手・コーチ達・・・彼らの姿は、チームメイトから見て彼のあの守備がいかに大きなプレーだったかを物語っている。


 試合後に3塁側のダグアウトの前でヒーローインタビューに立ったのは、小笠原慎之介だった。太ももに打球を受けながらも8回途中1失点と気迫のピッチング、さらに自らタイムリーを打って1打点をあげ、投打に活躍したのだから、もちろんその選択に文句などあるはずもない。
 でも、これが本拠地での試合だったら・・・と、つい思ってしまう。

 8回裏、その小笠原がピンチで降板した後に、身体を張ったビッグプレーを見せ、小笠原と救援のロドリゲスを助けた加藤翔平。あれだけの喝采を浴びながらダグアウトへ戻ってきても、彼の言葉は実に冷静で謙虚だった。

「バッテリーが毎日一人一人抑えるために苦労してミーティングをしている。守備は投手の人生がかかっています。あのようなプレーができるように、これからも頑張ります」

 ひっそりと伝えられた彼のコメントを見て、胸がいっぱいになった。言葉からにじみ出るプロの外野手としての信念と矜持。この気持ちを伝える表現が見つからないけれど、めちゃくちゃかっこいい!と思った。

 野球はチームスポーツだが、プロ野球選手は個人事業主だ。勝てばチームの結束力が高まるが、負けが重なると自身の成績を伸ばすことだけに選手の気持ちが集中するのは否めない。
 シーズン終盤、最下位にあえぐチームのなかで、“ひとつの守備の持つ意味”を明確に示した彼の言葉。
 恵まれた体躯と驚異の身体能力を極限まで活かしたスーパーキャッチと、プレーに比して謙虚なコメントには、“本物”だけが見せる重みがあった。この日の加藤翔平のプレーと言葉は、きっと彼を慕う若手たちを育てるにちがいない。

 登場曲として彼が使っている、FUNKY MONKEY BΛBY'Sの「ヒーロー」。もちろんビジターの神宮球場では流れないし、そもそもヒーローインタビューも彼ではなかったけれど、わたしは思う。あの日の加藤翔平は、まぎれもなくヒーローだった。

 来季も彼の信念とガッツあふれるスーパープレーを心待ちにしているし、全力で応援しつづけることを、ここに誓う。

 

 録音の音源が流れるだけで、まだ一度も球場で歌われていない加藤翔平の応援歌を、合唱できる日がくるのを楽しみにしながら、わたしはまだ遠い春を待つ。

 翼広げ 舞い立て 鮮やかに
 我らの歓声 受けて翔け
 かっ飛ばせー! 翔平!


ノックの合間にトンボをかける翔平さんは、誰に対してもずっと笑顔 2022.11.05 @ナゴヤ球場
グラブの刺繍が見える距離って、贅沢だなぁ 2022.11.05 @ナゴヤ球場

 


ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!