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【実験】読みやすい文章とは? #おもしろくないものを書く試み

 おもしろくないもの。

 何かを生みだそうと考えつづけている人にとって、これ以上おそろしい言葉はないかもしれない。
 文章を書いている今はもちろんのこと、音楽に没頭していた中高時代も、恋と音楽と野球とバイトばかりだった学生時代も。国語学を専攻していた学生時代、研究のジャッジの分かれ目は、たまに指導教員が発する「おもしろいねぇ」でした。

 タイトルのとおり、今回の記事は実験です。あえて「おもしろくないもの」を書くために、わたしにとっての「おもしろくないもの」を考察して定義してから、物語の同じシーンをだいたい同じ文字数(約800字)で2種類書いています。考察を先に読んでも、先に物語を読みくらべても大丈夫。目次からジャンプして読んでいただけたら、うれしいです。

おもしろくない文章とは?

 秋谷りんこさんの記事を読んで、NNさんがこんなおもしろい企画を立てていたことを知りました。締め切りはとっくに過ぎているのですが、コメント欄にて梅雨明けまで延びたらしいと知ったので、挑戦してみようかと。
 だって、おもしろくないですか? おもしろくない文章をわざと書くなんて、考えたこともないんだから。

 アマチュア物書きとして、おもしろくない文章とは?を考えてみたのだけれど、よくわからないんですよね。本に限って言えば、わたしが最もおもしろくないと感じるのは、数学や物理学について書かれたもの。
 たとえば文章は少ないけれど、チャート式。チャートが何色だったとしても、もはやおぞましくて触ることもできない。でも、おとちゃんや玉森くんにとって数学の本は楽しくておもしろくて、見るとつい解いてしまうし、何時間でも眺めていられるらしいのです。正直、変態だと思う。いや、リスペクトしてるけども、わたしには無理。

 当たり前のことだけれど「おもしろい」は人によってちがうのだから、誰にとってもおもしろい・・・というおもしろさの最大公約数的なものを考えても、それこそおもしろくないんでしょうね。それは、世の中のマーケティング担当の人たちが日夜必死で分析していることだし。

 それでは、わたしにとっておもしろくない文章とはなにか。目をこらしてもなかなかピントの合わない「おもしろくない」。これをあぶり出すには、逆からアプローチするのが近道なのかもしれない。
 おもしろいと感じる文章の条件を考えることで、わたしにとっての・・・・・・・・おもしろくない文章の条件が見えてくるのではないかと思ったのです。

 おもしろい文章を見つけたとき、わたしはわくわくします。続きが気になってしかたがない。
 つまり、その文章はわたしにとって前へ前へと進んでいける文章なんですよね。自分の読むテンポと合っていて、読みやすく、難解過ぎない。それでいて、これはどういうことだろう?と思わせる奥行きがある。そういう文章。
 もちろん、続きが気になるということは、文章の主題やそれを書いている人の考えかたに興味・関心があるというのが大前提ですが。
(そう考えると、チャート式もおもしろいと感じるドラマも、きっと興味・関心による部分も大きいんだろうな)

 読みやすいというのはよく言われるとおり、一文の長さ、漢字と仮名の割合、句読点の数や位置などに左右されるのでしょう。
 糸井重里さんが『ほぼ日刊イトイ新聞』の記事で1行の文字数(27字)や漢字のひらき具合を「パッと見て読みやすい」ように工夫しているというのは、有名な話。
 わたし自身も長いWeb読み書き経験を通して、Webページを開いたときの文章の視覚的な軽さって、読み手がストレスなく読むためにはとても大切な要素だと思っているので、(特にエッセイの)推敲時にはいつも漢字のひらき具合を調整しています。(純文学や新聞記事、評論などを書いている人にとっては、文章の硬さも表現の一部かもしれないですけどね)

 視覚とはまた別の話になるけれど、一文の長さについては絶対的。接続語を多用してつなげまくった長い文を読んで、あまりにも多くの要素が詰めこまれていたり、最終的に主語と述語がねじれていたりすると、何度も読みなおしてどれがどれにつながっているのかを分解する羽目になります。読んでいて「ん? ちょっとまてよ。これって何にかかってるの?」って、何度も引っかかってしかたがない。
 仕事がら、さまざまな人の書いた文章を目にしたり添削したりする機会が多いけれど、この主語と述語のねじれ案件、思いのほか多いんですよね。人のふり見て我がふり直せです。

 個人的に読みにくいと感じる文章はどういうものか。大まかに分解してみると、こんな感じです。

①内容に興味がない(入りこめない世界観)
②見た目が硬い(漢字、とりわけ熟語が多い)
③主従がねじれている(客観的な推敲の不足)
④説明的すぎる(想像させる余白の不足)
⑤テンポが悪い(一文の長さ、同じ響きの連続)
⑥誤字が多い(推敲の不足)

 ①は読み手の趣味に依存する部分なので、アマチュアのわたしにとってはある意味「どうでもいいこと」です。商業ライターではないので、特定の目的で書くとき以外では「自分が書きたい、読みたいもの」を書けばいい。マーケティングは不要だと思っています。

 それならば、今回の企画では文章を変換してみようと。自分の好きに書いた文章を②~⑥を使って書き直すことで、あえて「おもしろくないもの」に仕立ててみたのですが、いかがでしょうか。


「ホワイトリリーの香り」
(おもしろくないものver.)

 私達は高校の軽音部から続いている腐れ縁のバンド仲間で、気付いた時には私はボーカルの理生のことをいつの間にか好きになってしまっていて、でも、彼女は私の事なんて眼中になくて、いつもドキドキしながら見つめていた。

 あの時だってそうだ。ライブ前の逆リハが終わって一気に袖から人が掃けた時、理生は一人で袖でストレッチしていて、私はその後ろ姿から目が離せなかったし、誰もいないことを良いことにずっと後ろから彼女を見ていた。
 理生は黒の短いタイトスカートに臙脂色のブーツを穿いていて、逆光の中で白くて細い脚だけがぼうっと光っていて、彼女が前屈した時にはドキドキして、思わず目をそらしてしまった結果、彼女の足元の解けた靴ひもに気付いて言った。
「解けない結び方があるんだよ」
「じゃあ、やって」
 彼女の足元に屈んで紐を結んだらあの白い脚が目の前にあって、何とも言えない良い香りがして、ドキドキし過ぎて、自分の汗が臭くないか気になったけど、無言のまま左足を前に出して立っていたから、無言のままギュッと紐を結んだ。

 アンプのブーンとかサーっというホワイトノイズしか聞こえない緊張感の中で、思わず口をついて出たのは心臓ではなくて台詞で、自分でもびっくりしてしまった。
「ねぇ、すごく良い香り。香水、何使ってるの?」
「そう? 良い香りなら良かった」
 何故このような事を訪ねてしまったのか、後から後悔が止まらなかった。

 翌週、練習用に借りているスタジオへ行くと階段の下に理生がいて、「これ、あげる」とジッパー付きのビニール袋を手渡してきたので、私はそのビニール袋を開けるとあの時の良い香りがして胸一杯にその香りを吸い込みながら理生を見たが目が合わなかった。

「お待たせ! 先に入っていれば良かったのに。何かあったのか? 二人共」
 ビショビショに濡れた健人が交互にわたし達を見る。
「何でもないよ。健人、今夜の牛丼驕りね」
「ええ? 何でだよ。訳解らねぇ」


― 何を意識して改変したか

②見た目の硬さ
 ふだんのわたしの文章に比べて、わざと漢字を多めに使いました。ぱっと見た感じ、わたし自身は「重い」と感じます。紙の本であれば、たぶんそんなに気にならないのですが。
 漢字使用率チェッカーによると、この文章の漢字の割合は以下のようになっています。好きに書いたバージョンの文章と比べると、6%漢字が多いらしいです。6%って小さな数字だけれど、全体を眺めると違ってみえるから不思議です。

全体の文字数: 809
漢字数: 211
漢字率: 26.08%

漢字使用率チェッカー

③主従のねじれ
 いくつかそういう文を仕込みましたが、例えば冒頭の一文もそうです。
「私達は」「彼女は」「私は」と、一文のなかに主語を3つ出しています。そして、その文の最後の部分からは主語を抜いている(抜いた主語は「私」)のです。4つの内容を一文にまとめたせいで、ややこしくて主語と述語の関係がわかりにくくなっています。

④説明的すぎる
 もともとの文章は細かい舞台設定は省いて、唐突に靴ひもを結ぶシーンから始まるのですが、こちらでは二人の関係性やステージ袖の状況について、いちいち細かく説明してみました。
 ここまでくわしく書かなくても、核になるモチーフさえ書けば、あとは読み手が想像で補完するような気がします。
 説明的すぎると想像させる余白が少なくなり、かえって「おもしろくない」のかもしれません。

⑤テンポの悪さ
 一文を長くして、歯切れを悪くしました。
 それに、音読してみればすぐに判るのですが、「~て」と「~で」など同じ音を続けることで、間延びしたような感じを出しています。

⑥誤字の多さ
 誤字はできるだけ見逃さないようにしたいですよね。見つけた途端、その文章全体に対する信用度が下がりますから。

 ✕ ブーツを穿いて ⇒ ◯ ブーツを履いて
 ✕ このような事を訪ねて ⇒ ◯ このような事を尋ねて

 以上、種明かしでした。

 この後は、もともと「おもしろくない」変換をする前に、30分ほどで書いた元の文章です。書きながら推敲して、書き終わってから、もう一度推敲して整理しています。


「真空ホワイトノイズ」
(好きに書くver.)

「ほどけない結び方があるんだよ」と言ったら、理生りおは腕組みをしたまま左足をまっすぐ前に出して言った。
「じゃあ、やって」
 ステージ袖。デジタル・コンソールのモニターだけが青い光を放っている。無言でひざまずいて、彼女の靴ひもを手にとった。エイトホールのブーツの足首のうしろで靴ひもを交差させたとき、何気なく吸った香りに、思わず手が止まりそうになる。
 顔を上げちゃいけない。エンジ色のブーツから真っすぐに続くしろくなめらかな肌に、脳内で消しゴムをかける。身体の中心が熱をもつのと同時に汗が吹きだした。

 礼を言った彼女の目をまともに見られないまま、砂嵐のようなアンプの音だけを聞いている。次に聞こえた自分の言葉に、耳を疑った。
「ねぇ、すごくいい香り。香水、なに使ってんの?」
 いや、なに言ってんの? あれほど踏みこまないように気をつけてたのに、どうしてこんなこと言っちゃったんだろう。
「そう? いい香りなら良かった」
 次の言葉を待ちながら、鼓動が早くなる。

 翌週、大きなビニール傘をさしてレンタルスタジオの階段の下にたたずむ長身の理生は、遠くから見ても目立っていた。シルバーのハードケースを背負い、すこしアゴを上げて、ちょっと斜めに立っている。こちらに気づくと彼女は、理科のアサガオのビデオ教材みたいにゆっくりと笑顔を作って、傘をたたんだ。
「これ、あげる」
 そう言って彼女が差し出したのは、ジッパーのついた小さく透明なビニール袋。なかには見慣れたチェックのタオルハンカチが入っている。
「なにこれ?」
 ジッパーを開けた瞬間、あの日の香りが立ちのぼって私は理生を見た。彼女はガラス玉のような瞳で、通りのむこうを眺めている。

「おまたせ! 先に入ってればよかったのに。ん? なに? ふたりとも」
 傘もささずに走ってきた健人が交互にわたし達を見る。
「なんでもないよ。健人、今夜の牛丼おごりね」
「え? なんでだよ。わけわかんねぇ」


全体の文字数: 817
漢字数: 164
漢字率: 20.07%

漢字使用率チェッカー

 

 以上、#おもしろくないものを書く 試みでした。

「おもしろくない」を考えることは、「おもしろい」を考えること。
 考える過程をとおして、自分が書きたい文章ってどんな文章なのかを見つめ直すことができたような気がします。

 自己満足に過ぎないけれど、この実験をしているあいだ、とっても楽しかった!
 きっかけをくださったNNさん、ありがとうございました!

 ところでね、先週末、note初投稿から丸2年が経ちました。あの在宅勤務の日々から2年も経ってしまって、未だにマスク生活をしているだなんて、嘘みたいです。わたし達、すごいものと闘ってきたんですね。

 3年目のnote、何を書いていこうかなぁ?
 まだまだ楽しみは続きます。
 これからもどうぞ、よろしくお願いします。





ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!