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振り返ってみると、あの日、わたしはたしかに楽しかった。

水野 うた

「今は特に欲しいものがないから、気持ちだけ受け取っておくねー!」

 誕生日に欲しいものを尋ねたら、“ありがと”のスタンプとともにこのメッセージが送られてきて、驚いた。なぜならその相手が、17歳の誕生日を迎える姪っ子だったから。
 そんな年頃のわたしにとって世界は欲しいものであふれていたはずだし、姪っ子だって昨年はコードレスヘアアイロンの商品ページを送ってきたから、ラッピングされた商品が直接届くように手配したのにな。

「大人みたいなこと言っちゃって、淋しいなぁ」と返したら、ひと呼吸おいて、こんな返事が届いた。
「強いて言うなら、うたちゃんのおすすめの本欲しいかなー!」

 思わず、手にしたスマホに微笑みかけた。
 おすすめの本ね。まかせておいて。



 吉本ばなな作品におけるオノマトペの種類と解析、それが卒業論文のテーマだった。専攻していた日本語学分野は、方言の世代格差や、国語辞典収載の言葉の変遷、母語による日本語の発音の違いなど興味深い研究をしている学生がたくさんいて、それぞれの中間発表や進捗状況を聞けるゼミが、毎回とても楽しみだった。わたしは敬愛する作家の世界を、語学的な観点から覗いてみたいと思った。
 テーマを決めたきっかけは、純粋な興味。作品のなかから聞こえてくる音、とりわけ孤独な環境で聞こえてくる「静寂の音」がとてもゆたかに感じられたからだ。感覚を理屈で説明するのは難しいけれど、オノマトペを数値化して比較することで、その理由を導き出せるのではないか・・・そう思うとわくわくした。

 15歳の春に芸大の作曲科への進路を希望したときも、担任が強くすすめた薬学部への推薦を勝手に断って母に恫喝された17歳の秋も、卒業研究のテーマを決めた21歳の春も、父は言った。

「将来、どうやって食べていくつもりだ。そんなことを学んで、いったい世の中の何の役に立つんだ」

 製薬会社と調剤薬局。働き方こそ違えど医療の一端を担い、目に見えるかたちで医療の進歩や患者の回復に寄与する仕事をしてきた両親には、娘の志す芸術の世界は地に足がついていなくて「役に立たない」ように見えたのだろう。
 当時のわたしには学費負担者の彼らを納得させられるだけの反論はできなくて、ただただ悔しさだけが残った。



 2022年の春、わたしの生活は大きく変わった。こども達ふたりが同時に社会人となり、娘は家を出て東京でひとり暮らしを始めた。わたし自身も人事異動により、今までとちがう人間関係のなかで、新たな業務にチャレンジせざるを得なくなった。

 以前の部署のほうがずっと忙しく、ナイターの試合開始に間に合うことなんてほぼない生活だったけれど、対人援助職としてやりがいを感じられる瞬間は多かった。自分のひとつひとつの仕事が「顔の見える誰かの未来」にたしかにつながっているという実感を、ひしひしと感じながらの仕事。プレッシャーも大きかったし、相手の気持ちを考えすぎて苦しくなってしまうような場面も時にはあったけれど、喜びもやりがいも感じられて充実していた。
 ところが「女性管理職として経験を積んでもらいたいし、水野さん自身のステップアップのために」と辞令をもらった異動先では、業務の性質上、直接誰かと接する機会が激減して、部署内の仲間や数少ない取引先とのやり取りくらいしかコミュニケーションがなくなった。誰かの「未来」につながる仕事であることは変わらないけれど、相手が「顔の見える誰か」ではなくなった途端、モチベーションが急降下していくのを止められない。
 この仕事の向こうにいる「誰か」の役にはきっと立っているはずなんだけれど、手応えをまったく感じられない。

 今ひとつ気乗りはしなかったけれど、定時に仕事を終えて帰宅できる日は以前より増えた。手を洗ったら、真っ先にテレビのナイター中継を消音でつける。キッチンの中にはポケットラジオを持ちこみ、実況中継を聴きながら晩ごはんを作る。1秒弱くらい早いラジオの「打ったー!」の瞬間、テレビに目をやれば、ちょうどバットに当たる瞬間に間に合うから、守備も打撃も走塁も見たい瞬間を見逃さない。

 盛りつけはじめた頃に、息子から「飲みに誘われたから、夕飯いらない」とメッセージが届いて、“了解!”のスタンプを送る。わたしの作った食事は、もう息子の役には立たない。
 湯気のあがるぴかぴかの白米を茶碗によそいながら、ナイター中継に耳をそばだてる。今夜のごはんの香りを胸いっぱいに吸いこんで、ほそく長く息を吐く。
 ひとりで食べたって、今夜のごはんもきっとおいしい。



 大型書店の文庫本コーナーを何となく背表紙を眺めて歩きながら、いつの間にか電車通学していた頃のわたしに潜っていく。

 17歳。
 仲間たちと競いあって部活に明け暮れていたあの頃、日々にぎやかに楽しく過ごしていてもどこか孤独だったし、どこか不安だった。心はどこかいつもざわついていたけれど、電車に乗って本をひらけば あっという間に作品の世界にワープできる。読んでいる間だけ生きられる、わたしではない誰かの世界。
 車窓から見える景色は変わっても、平成になったばかりだった17歳と、本が欲しいと言う令和の17歳とはどこか相通ずるものがあるかもしれない。

 1時間以上ぐるぐる歩き回って選んだのは5冊。そのうち3冊は、10代後半から20代前半のわたしが手に取って、今もまだ手放せず自室に置いている本だ。ハードカバーが文庫本になり、装丁や挿絵や著者紹介文が新しくなっても、吸いこまれる世界は変わらない。

 同じく電車通学の姪っ子のために、彼女に似合いそうな青磁色のブックカバーと、立体的なカメラのモチーフが本から飛び出すステンレスのブックマーカーも買った。ラッピングの材料とカードを選んで、足取り軽く帰途につく。

 家についたら、お気に入りの万年筆でカードに書こう。
 その5冊を選んだ理由わけを。



 新型のウィルスに医療とネットと宅配業者以外のすべてが麻痺した2020年春、毎日のように飛び交っていたことばがある。

「不要不急」

 あのことばから受けた鈍い痛みは、わたしが進路選択のときに味わった悔しさとどこか似ている。
 人が能動的に起こす行動のすべてが「要るものと要らないもの」、つまり「生命維持の役に立つものと立たないもの」に分けられ、「不要不急」にカテゴライズされたものは置きざりにされた。舞台芸術やライブ、スポーツ観戦、人と人が会って食事をしたり語り合ったり、狭い空間でいっしょに働いたり、教室で向かい合って給食を食べたりすること・・・。リアルな世界は分断されて、ネットの世界だけが充実していった。
 未知の感染症との戦い方を社会全体で学ぶ過程だったのだから、あの不要不急は決して間違ってはいないとわたしは思う。

 でも、この戦いがまもなく4年目に突入しようとしている今、振り返ってみると、あのとき不要不急とされたことのどれもが、生命維持に直接の関係はなくとも、心や人間らしい暮らしのためには必要不可欠な潤いであったことに気づく。
 急ぎではなかったかもしれないけれど決して不要ではなかったし、どれもが人の役に立っているものだった。



「電気消してー!」
「ちょっと待って。ろうそくに火をつけなきゃ! ライターどこ?」
「はいはい、ちょっと待っててね」

 ファインダーの向こうには姪っ子の笑顔とバースデーケーキ。みんなでバースデーソングを歌って、ケーキを食べた。何だかとてもひさしぶりに戻ってきた、日常のなかの非日常。

「はい、これプレゼント! おめでとう!」
「ありがとう! 開けていい?」
「え、何それ? 本なの?」

 メッセージアプリでのやり取りなど知らない妹が身を乗り出して、一冊ずつタイトルを確認している。

「うわぁ、懐しい! これ、うたの本棚にあったよね! 借りて読んだなぁ」
「ママも読んだことあるの? あ、選んだ理由が書いてある!」

 メッセージカードには、それぞれの本に出会った頃のエピソードと、それを選んだ理由をかんたんに書いた。妹には話していないような初恋の話も書いたから、できればひっそりと読んで欲しかったけれど。

「うたちゃん、ありがと! 一冊ずつ楽しみに読むね!」
 カードを読み終えて、ていねいにラッピングを元通りにした彼女は、きらきらした瞳でそう言った。



 やけに大人びた ひと言から始まった、今回の贈り物。
 振り返ってみると、書店の文庫エリアをぐるぐると歩いたあの日、わたしはたしかに楽しかった。めちゃくちゃ考えたし、ゆっくり時間をかけて迷った。何度も本を手に取ってぱらぱらとめくっては棚へ戻して。何度も何度も。

 大人になった今もずっと胸のなかに残っている本って、わたしの人生の一部なんだと思う。
 勝手な伯母わたしの押しつけに過ぎないけれど、わたしは大人になろうとしている姪っ子の「いま」に伴走してくれるように、この贈り物を選んだのかもしれない。
 姪っ子がこれから出会い、向き合っていくだろう恋や友情や愛、かけがえのない何かの喪失と人生の真理・・・その瞬間瞬間に、この本の中のちいさなことば達が彼女に寄り添ってくれるといい。それらのことばがわたしを支えてくれたように、彼女の足元を照らす光になればいい。

 贈り物を選ぶ過程でわたしの心に満ちていたものは、祈りだった。

 職場でも家庭でも、自分が誰かの役に立つと実感できる瞬間なんてほとんどなくなってしまったけれど、この贈り物を選ぶのが楽しかったということは、やっぱりわたしは今でも「誰かの役に立ちたい」と無意識に望んでいるということなんだろう。


 家族のかたちの変化や異動によって、錆びついてしまった心の歯車。もう動くことはないかもしれないと諦めかけていたけれど、姪っ子が知らずしらずのうちに差してくれた油のおかげで、またゆっくりと動き出した。
 そんな気がする。

 

 




今回の5冊のなかの1冊と出会ったときのお話です。
とても気に入っているエッセイなので、もしよかったら。

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水野 うた

最後まで読んでくださって、うれしいです^^ ありがとうございます!