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ある街角の物語


故・手塚治虫氏の初期の実験アニメーション第1号には「ある街角の物語」というタイトルがつけられていました。1963年の「鉄腕アトム」のテレビ放映開始に先駆けて1962年に発表されたこの作品は、38分間のショートストーリーでした。小さな町に住むひとりの女の子やクマのぬいぐるみや街角に貼られたポスターやネズミの一家など、多彩なキャラクターが切り絵のような独特の雰囲気を持った画面の中で、ささやかなドラマを繰り広げます。平和な町は、やがて戦火に呑まれていきます。僕は部分的にしか見たことはないのですが、とても魅力的な作品です。そのアニメに触発されて、この歌を作りました。
政治や経済の言葉で戦争を論じるのは、もちろん大切な事です。しかし、それと並行して、「物語」として描かれる個々の生の営みを通じて戦争を語るのも大切な事ではないでしょうか。手塚治虫氏が残した実験アニメーションの第一作が、この物語であったということに、そんな彼の思いが感じられるような気がします。

大きな地球の片隅に 小さな町がありました
緑の風が吹き抜ける 静かな平和な町でした
レンガの塀には赤や黄色の 踊り子たちのポスターや
若い娘たちの憧れの バイオリン弾きのポスターが貼ってありました

腕白トムとお茶目なシェリーは 町の子供たちの人気者です
古い教会でジョニーとキャサリン 幸せな二人が式を挙げました
ポスターの中のバイオリン弾きが 祝福のメロディーを奏でると
それに合わせて踊り子たちのポスターが 陽気なダンスを踊り始めました

歌って踊って笑って飲んだ そんなあの町の夜は更けました
恋して泣いて愛して眠った そんなあの町の夜は更けました

荒々しい靴音と銃声が響き この町にも戦争がやってきました
誰も彼もがドアを閉ざして 通りには木枯らしが吹いているだけです
踊り子たちやバイオリン弾きのポスターは
ひとつ残らず破られてしまいました
かわりに勲章をやたらとぶら下げた
独裁者のポスターがベタベタ貼られました

この町に吹いてた緑の風は 黒い煙に変わってしまいました
この町に流れた愛の歌は 悲鳴と泣き声に変わってしまいました
腕白トムもお茶目なシェリーも 冷たい石になってしまいました
二十歳のジョニーは兵隊にとられ 帰ってきたのは紙切れひとつでした

歌って踊って笑って飲んだ そんなあの町は灰になりました
恋して泣いて愛して眠った そんなあの町は灰になりました

何もかも失くした焼け跡の町に ひとりの少女が立っていました
ひとつだけ変わらぬ空の青さを見つめて ひとりの少女が立っていました
誰か私を覚えていませんか 誰かあの町を覚えていませんか
叫び続ける少女の胸には ひとつの望みが育ち始めました

歌って踊って笑って飲んだ そんなあの町をもいちど作ろうと
恋して泣いて愛して眠った そんなあの町をもいちど作ろうと

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