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連載中国史19 三国時代(1)

後漢末の黄巾の乱による混乱の中、三つの勢力が並び立った。北方から中原を根拠地とした魏、南方を根拠地とした呉、内陸の四川省周辺を根拠地とした蜀である。魏の曹操は強力な軍事力を背景に中国全土の統一を狙ったが、208年の赤壁の戦いで、呉の孫権と蜀の劉備による連合軍に敗れ、その野望は阻止された。

三国時代の東アジア(「世界の歴史まっぷ」より)

赤壁の戦いで魏軍を撃退する立役者となったのは、呉の軍師である周瑜と、蜀の軍師である諸葛孔明である。数で圧倒する魏の水軍に対し、風向きを読んで火攻めで壊滅的な打撃を与えた孔明の作戦は、弱小勢力とみられていた蜀の存在感を世に知らしめた。

諸葛孔明(Wikipediaより)

諸葛孔明は、蜀の劉備が三顧の礼を尽くして迎えた天才軍師である。劉備の下には旗揚げ以来の腹心である関羽・張飛の両将軍がいたが、軍略に長けた人材に乏しかった。劉備の求めに応じて蜀に加わった孔明は、天下三分の計を立てる。すなわち、魏・呉・蜀の三国が均衡を保ち、競合しながら、広大な中国を分割統治する構想である。そのためには、いずれの国が強くなりすぎても、弱くなりすぎてもいけない。孔明は、実戦のみならず、外交や諜報活動も含め、あらゆる策を講じて、三国の勢力均衡を維持したのである。

横山光輝著「三国志」

後世に成立した人気小説「三国志演義」では、劉備・関羽・張飛・孔明など蜀の建国者たちを主人公格に据えながら、魏の曹操を悪役的存在として描いている。実際のところがどうだったかはわからないが、この小説のイメージが現在の日本の「三国志」観に大きく影響を与えているようだ。吉川英治著の小説「三国志」、横山光輝著の漫画「三国志」、さらにゲーム「三国志」に至るまで、日本のエンターテインメント界における三国志人気は根強い。権謀術数の限りを尽くした三国鼎立の時代。バーチャルではなく、リアルなパワーゲームが、そこにはあった。

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