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連載日本史286 安倍元首相銃撃事件

2022年7月、衝撃的なニュースが日本列島を駆け巡った。参議院選挙の応援演説に奔走していた安倍晋三元首相が、奈良県の大和西大寺駅前で銃撃を受けて死亡したのだ。実行犯の男は事件当時41歳。彼の母親は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の熱心な信者で、亡父の遺産や土地や住居を売り払って20年以上にわたる巨額の献金を続け、その額は一億円以上に上っていたという。結果、母親は自己破産し、男性を含む3人の子供たちは経済的困窮に追い込まれた。旧統一教会への恨みは、祖父の岸信介の時代から統一教会と深い関わりがあった安部元首相に向けられることとなったのである。

駅前で遊説する元首相、この直後に銃撃を受けた(www.nikkei.comより)

この事件を契機に、自民党を中心とする多くの政治家たちと旧統一教会との密接な関係がクローズアップされた。いわゆる霊感商法などで度々問題を起こしてきた統一教会だが、選挙協力を通じて政治家たちの懐に入り込み、その影響力を強めてきたのである。安倍元首相への銃撃は、親の破滅的な献金によって家庭を破壊され、将来への展望も閉ざされた宗教2世たちの怨嗟を代弁するものだったとも言える。

旧統一教会を巡るトラブル(news.yahoo.co.jpより)

事件をきっかけに旧統一教会の問題が明るみに出たことを受けて、岸田文雄首相は内閣改造を行い、教会と関係のあった閣僚を交代させたが、その後も政治家と教会との癒着が明らかになった。だが、その一方で、岸田内閣は安部元首相の功績を称え、異論が続出する中で元首相の国葬に踏み切った。首相経験者の国葬は戦後日本を占領下から独立に導いた吉田茂氏の葬儀以来である。最長在任記録を持つ元首相であるとはいえ、果たしてそこまでする必要があったのか。その疑問は今もくすぶり続けている。

安部元首相の国葬を巡る経緯(mainichi.jpより)

旧統一教会の問題だけではない。安倍元首相とその周辺には、森友学園の用地取得を巡る公文書改竄疑惑と、それに関わった財務局職員の自殺、「桜を見る会」を通じた公金の私物化疑惑、安倍内閣時代の法相夫婦による巨額の買収疑惑、性加害者の逮捕中止命令への関与疑惑、東京五輪を巡る贈収賄への関与疑惑など、さまざまな疑惑が見え隠れする。本人が直接的に関わったわけではなかったとしても、政権トップとしての彼のいささか傲慢にも見える姿勢が、長期政権下における腐敗に反映していたように思われるのだ。集団的自衛権を認めるという重要な解釈改憲を含む安全保障関連法案や、恣意的な運用が懸念される特定秘密保護法などを、閣議決定と数の力で押し切って成立させてきた点にも、その傾向は如実に表れていると言えよう。

安部元首相の足跡(www.asahi.comより)

もちろん銃撃によって人の命を奪うのは、いくらそれまでに受けた被害が悲惨なものだったとしても、許されることではない。元首相への哀悼の意は、国民の一人として深く感じているつもりである。だが、現在の政権が彼の業績を無批判に称賛し、真摯な検証も行わずにその路線を継承する姿勢を見せている点については、本当にそれでいいのかと問いかけずにはいられないのである。


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