ある春の日のはなし
「あなたはハイハイをしたことがない」と言われ続けてきた。
そんなことってある?と思ったけど、親戚一同口を揃えてそう言うのだから間違いない。
運動神経も悪いしよく転ぶし、それもこれもハイハイしなかったせいだな、と思って30年近く生きてきた。
わたしはいま、出産のために里帰りをしてそのまま実家で暮らしている。
今日の朝食後、母が「あなたがこの子(息子)くらいのときどれくらいミルク飲んでたかな。保育園ノート見てみるわ」と言うので、わたしも産まれて初めてそのノートを覗いてみた。
保育園からの連絡に「〇〇ちゃん(私)はハイハイですばやく移動して××ちゃんのおもちゃを取って笑っていて、今日もとてもヤンチャでした」という一文が。
なんと、私はハイハイしていたようなのだ。
我が家は写真も動画もかなり残しているほうなのだが、ハイハイ姿が何かしらの記録に残っていないのはもちろん、育てていた母すらハイハイ姿を覚えていないという衝撃の事実。
ああ、日常にまぎれてしまうなにげないことほど、ちゃんと残しておかないといけないなぁと実感したので、
今日は本当になにもない、ふつうのある春の日だったのだが、それを記録に残したいと思う。
朝から大雨の土曜日。
母が息子を見てくれたので、朝は10時ごろまで寝ることができた。
朝食後は保育園ノートを読んで衝撃を受けたあと、泣く息子をあやしたり王様のブランチを観たりして過ごした。
最近、ミルクをとにかく飲みたがる息子。
飲んだあとは至福の表情ですこし休み、布団に置くと大きな目をくるんと開けて、真上を見上げる。
そして、ぷぷあぷ、などと何か喋ったり、にこーっと笑ったりをしばらく続ける。
おそらく妖精的な何かと話しているのだと思う。わたしも似たことをしていた時期があったらしい。このおしゃべりタイム、とてもかわいいので、すこし離れてずっと見てしまう。
お昼ごはんは焼きそば。食後に、カフェラテ味のおいしいプリンを食べた。母の作る焼きそばはとても美味しい。小学生のころ、午前中で授業が終わって家に帰ってきて食べた、土曜日のお昼ごはんの味。
午後は、王様のブランチでみんなが好きな恋愛映画トップ5に入っていた「GHOST」をNetflixで観る。
恋人である二人がろくろを回すシーンがエロティックで、執拗な手のアップにフェチズムを感じた。
それにしても恋愛成分よりアクション成分が強くてビックリした。加えておばけエフェクトの技術も低すぎて、B級映画みたいになっている。これが恋愛映画として評価されるのはさすがに思い出補正だなぁと思った。(「ノッティングヒルの恋人」はすごく素敵で泣けたから古い映画がだめってことでは全然ない)
とはいえ思い出補正って最強だとおもう。わたしにとってのそれはaikoとかレミオロメンとかだ。
映画を観終わったころには、大雨も嘘のようにすっかり上がっていた。
17:30ごろ、息子を抱っこひもで抱っこしてお散歩にでかける。
子供のころから夕焼けが好きだけど、今日の雨上がりの空は格別にキレイだった。
薄い雲が流れていて、色がゆっくり赤から藍に変わっていく空を、息子の大きな黒目に映してみるけど、彼はわかっているのかいないのか、哺乳瓶を探すときの口をしてすこし泣いたりするので焦ってしまった。
小さな柴犬が、わたしと息子のことをじっと見つめるので見つめ返してみた。
犬って子供が好きな気がする。このとき息子はぐっすり眠っていた。
彼はどれくらい世界を認識しているのだろう、きっと今日という日を覚えていることは絶対にないのだろう。
夜ご飯は、コロッケとたけのこごはんでうれしかった。
わたしはあまり母乳が出なくて息子が授乳を嫌がるので、もう完全にミルクに頼っている。だから缶ビールを母と二人で一本呑んだ。
ちなみにコーヒーも飲んでいるし緑茶も飲んでいる。好きなものを我慢していないおかげで、こんな日々でもストレスを溜めなくて済んでいる。ありがたい。
母が息子をお風呂に入れ、上がってきた彼を着替えさせたりしたあと、わたしもお風呂に入った。入浴剤のいい香りの中で、ひとり何度も深呼吸する。すこし疲れが取れた気がする。
そのあとはテレビを見た。
母はいつもきちんとニュースを見たがり、わたしは実はすこしニュースに疲れている。
こんな憂鬱さも、数年後には笑って話せるようになるといい。
修学旅行とか卒業式とかみたいな大きなイベントよりも、教室の机の匂いとか通学路に咲いてた花とか友達とおそろいのキーホルダーとか、そういう何気ない日常のほうが、思い出すと鮮やかで愛おしくて懐かしい気持ちになる。
だから今日のような、なにもない日のほうが、思い出すときにはきっと愛おしい。
そう信じて毎日を大切に生きていこう。
何もなくても、それでいい。あしたも。
寝る前に、夫とテレビ電話をした。遠距離恋愛をしてきたので、世間の誰よりもテレビ電話に慣れているし、好きなひとに会えないことに慣れている。いまそれでもちゃんと幸せだから大丈夫。
では、おやすみなさい。
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