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あいトリレビュー②充実の豊田エリア 旅館と戦争の記憶が一体化

豊田エリアは、8月中旬に訪れた。

炎天下まっさかり。トリエンナーレのアート巡りには雨もしんどいけど、灼熱の太陽もけっこうな難敵だな…と思いながら、豊田市美術館への長い坂道を登っていく(「豊田市民は徒歩で行かない、びっくり」というTweetを見たなぁ)。
豊田市美術館ではクリムト展もおこなわれていて大盛況。
美術館→プールの展示→ホー・ツェーニン@喜楽亭の展示で「これはわざわざ豊田に来てよかった…!」と強く感じたのでした。  

①喜楽亭と一体化した戦争の記憶

ここまでアートと「場」が一体化するんだな……と鳥肌さえ立ったホー・ツェーニンの「旅館アポリア」

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この喜楽亭は、豊田で結成された神風特攻隊の草薙隊が、出発する前夜に過ごしたとされる料理旅館
喜楽亭の元女将の証言や、特攻隊の写真、戦争にまつわる映像といった資料をもとに、「ホー・ツェーニンに宛てた手紙」として映像が映されるしかけ。2階の映像には、宣伝部隊として南洋にわたった映画監督・小津安二郎、漫画家・横山隆一も登場する。

たんたんとホー・ツェーニン宛ての手紙の文面を読み上げる女性の声。すべての映像で人間の顔をわざとぼかしていて、暑いのに背筋がひんやりする。

そして戦闘機が飛ぶシーンに合わせて、木造旅館のふすまが「ガタガタガタ」と大きな音を立てる。めちゃくちゃ怖い。映像だけじゃなく、この料理旅館自体が「アート」と一体化していた

小津監督の映像では、復員した2人が居酒屋で「同期の桜」を歌う小津映画のワンシーンが流れる。そして最後に「小津の墓に刻まれた言葉を思い出すのです」と言及して、その墓碑に刻まれた言葉「無」をアップにする
戦争ってなんなのか?という問いと、墓の「無」。ぞわっと鳥肌が立った(正確な一言一句書き起こしではないのでご容赦を…)。

横山氏の映像では、自分が所属する新聞社の名前も連呼されて、メディアにいる一人としても考えさせられた。
作品名の「アポリア」とは「難題」のこと。自分が戦時中にその立場だったらどうしていたか。戦争の加害責任をどう受け止めるか。たしかに難題だ。

辻田真佐憲さんもこの展示には資料協力しているそうです。

②「モノ」の持つ圧倒的な存在感

プールの底、どーーーーん。

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これは大迫力だったな~。どうして立てようと思ったの?プールの底を??と謎だらけ。タイトルも「反歌:見上げたる 空を悲しも その色に 染まり果てにき 我ならぬまで」。むむむ?

近づいても大迫力。分厚いコンクリートの圧倒的な存在感。プールの底の裏側が、あんな風になってるなんて知らなかったよ。

③長崎の原爆 双子板

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豊田駅すぐそばの小田原のどかさんの「↓(1946-1948)」。長崎の爆心地に建てられた「矢形標柱」(2代目)がモチーフなんだそう。

不勉強ながら、長崎の爆心地にあんな無味乾燥な「看板」というか「目印」が建てられていたなんて……

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彫刻のあり方について問おうとしている、ということが伝わってくるこの↓インタビュー、とても学びが深い。

もともとあの場所にあった刑務所の遺構を埋め戻して、世界各国から寄贈された平和記念の彫刻群が設置されている。
彫刻が負の記憶に蓋をするための重しになっているようにも感じられます。(「彫刻と建築の問題──記念性をめぐって」より 小田原さんインタビュー)

この指摘に、なるほどとうなずいた。ローマ法王が訪れなかったといった事実から、「彫刻が人を排除してしまう可能性」についても考えさせられる。

④トヨタを掘り出そう!

もし縄文時代にトヨタがあったら? という仕掛けのDrive your dreams.ならぬ「Dig your dreams.」。

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元ラーメン屋さんだったお店を「発掘現場」になぞらえて、豊田市民と発掘作業をしてみる、という発想の勝利!的な展示。

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土の中からは「トヨタ」のエンブレムとか出てくる(もちろん事前に埋めてある)。インタビュアーが「お宝だ~~~!!」とかって盛り上げる。
市民と一緒にアートを楽しむ姿勢がよかったな~。

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