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マジュの魔法の手
世界一シャンプーとカットが上手な美容師は?
迷いなく言える。
東京郊外は府中、ヘアルーム・マジュのマジュくんだ。
実家にいた頃、駅前になんだかお洒落な美容院ができたわよ、あんた行ってみればと母が言った。
「ママが行ってみればいいのに?」
「だってお母さん通ってるとこあるもん。悪いわ」
なんだよ私実験台なのー?
でも、小さいながら鄙にも稀な店構え、それに少し気になることがあった。
そこは男の子が一人で経営してるらしい。仕事帰りによく見かけたがその子は毎日巨大な植木鉢群をえっちらおっちら抱えて広場に移したり戻したり。
「何やってんだあの子?」
料金も安かったので予約してみた。彼はマジュ、という名の(小さい頃からのあだ名だそうだ。本名がそんな風に読めるのだそう)おっとりした子で厄年くらいの独身。前年、ようやく念願の自分の店を出したばかり。
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シャンプーをされて、私は「眠ってしまった」。
その指の感覚は
「ふわふわふわふわ」という感じ。頭がシフォンケーキにでもなったかのよう。
で、起こされてねぼけまなこでカット台に向かう。
注文通り、自分の思いが彼のハサミになったかのように動く。
これまで何人もの美容師にかかった。表参道だのなんだの、バカみたいに高い美容院に行ったこともある。だが、その全部を足してもマジュ一人に勝てなかった。
マジュはハサミを使いながら申し訳なさそうに言った。
「あの…これ、気になります?」
手首にむらさき色の漢字ひと文字の刺青があった。
「ウウン全然?同級生なんか両腕ゴリゴリの元メタルだけどいま祐天寺で会員制のワインバーやってるソムリエだし。女の子の友達でも美容師でゴリゴリいるし。むしろ品がいいわ」
「よかった。こういうお仕事だと気にされるお客さんいるかなあ、って」
事情を訊くと彼のおじいちゃんがお坊さまで、おじいちゃん子だったマジュはおじいちゃん命名のその名の一文字をどうしてもそうしたかったという。そのむらさき色は目が覚めるように綺麗だった。
「私のおじいちゃんも僧侶よ」
「え?本当ですか?」
そして店じゅうの巨大な植木鉢を彼がどんなに可愛がってるかを聞かせてもらえた。
「見れば分かるわ。全部、これほどの大きさでこれほど葉っぱ一枚の欠けもないものは専門店でもあまり見ないよ。みんなつやつやで嬉しそう。私花屋にはいたけど、こんなに上手にできないもの」
「まったく素人なんです。友達が捨てるって言うから台車で貰いに行って。ここ日当たり悪いから毎日運んで広場でお日さま当ててあげて」
「パーフェクトだよー!あ、でもこの、お祝いかな?蘭の鉢は花の茎みんな切ってあげて、お花は飾ってあげてね。栄養やってあったかく休ませれば来年もきっと咲きますよ」
「え。本当ですか⁉️」
「カットすっごい気に入りましたよー❗️文句なし‼️ありがとう😊早いしすごいね。安いし。非常事態ん時はどうしてたの」
「お年寄りのかたの髪、出張で切りに行ってました。赤字だし、帳簿見ながら納豆ばっか食べてますよ^_^」
「スーパーどこ?」
「原付で◯◯まで行きます。自宅帰るのも面倒だからここで食べて、帳簿つけて」
ちなみにネットなどは一切やらないという。
私はそこに住むあいだ、マジュの魔法の手に世話になることにした。今は離れたが幸せを祈ってるし、してもらったあの手を思い出して同様にケアしたりする。
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