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神さまとパーティ


「今日、ちょっとパーティをやるよ。おいで」
朝起きたら神さまが言ったので、私は答えた。
「はーい、ちょっとまってて」



パーティというのでわくわくして、私は正装することにした。



鏡に向かい、髪を梳かして、呪文を言う。それは教えられない。
すると私の胴は細く短くなり、脚も腕も細く短くなり、大きなくちびるは小さくなり、はだは水蜜桃のようになり、梳かしていた髪は細くぽわぽわになった。
私は3歳のすがたになった。
初めて神さまにお会いした時の姿だから、これでいいと思う。



「神さまきたよー」
私が行くと、神さまはいつものように、優しくて、おっとり笑って、神さまは顔とかないからいつものように、森とか山とか川とか空とか野原みたいにしていた。
でも私の姿を見ると、なんだかしゃちこばったように見えた。この姿で会うの久しぶりだからかな。
「ようこそ。まあお座り」
神さまは言って、野原のちいさなせせらぎから、コップ一杯の水を汲んでくれた。パーティの始まりだ。



私はおいしい水を飲みながら、そのへんの名前のわからない白いきれいな花を見ていた。そして神さまにきいた。
「神さまそれもらっていい?」
「うんいいよ」
私はそのへんのたくさんの花を摘んで、神さまにあげた。
神さまはにっこりした。
「ありがとう。キレイだね」
「その中にも、神さま入っているんでしょう?」
「まあね。でも可愛いよ。うれしいよ」
神さまはそこからいっぽん取って、私の髪に挿した。そして、笑って私の頭を撫でた。



「神さまってさ。どれなの?仏さまとか精霊とか。動物や虫やお花、水とか風も。木も山も。そしてお日さまも。よその国ではまた別の名前やかたち。私が死にかけた時は帝釈天さまの姿で出てきたけど」
「うん。まあ。なんにでも、なるから」



空は銀で、小雨が降っている。なのに私たちは濡れない。世界の野原のいちめんの緑が、銀の水滴にふちどられて輝く。



神さまは、なんだか困った親みたいに、心配そうに、でも静かに、私にきいた。
「おまえの旅の目的のことなんだが」
私は花を摘みながら、神さまを見ないで答えた。
「たぶんね。いまんとこ、だけど」



「旅、って、つまり生まれて死ぬまでのことでしょう?私がいまんとこ考えてるその目的は、4つ。
愛を学び続けること。ほかのものも自分のことも許すこと。ほかのものをみんな思ってできるだけのことを自分で見つけてすること。あとは旅そのものを楽しむこと。合ってるかわからないけど」



神さまはだまっていた。そして花を挿した私の頭を撫でた。



わかってる。これが正解かどうかわかるには、ちゃんと最後まで生きて死んでからでないとダメだって。そうしてから初めて明かされるものだって。
神さまはだから答えを言うわけにはいかないって。
でも、神さまは、だまってたくさんお話するの。



私はいい子ちゃんになって、ずるがしこく神さまに言いつけた。
「ねえ神さま。人が人のこといじめてる。ほかの生きものも物たちも。それで泣いてるのにやめないんだよ。どうして人だけがそれやるの?それって神さまいじめてるのといっしょでしょ?どうして?それで私もたくさんしてきたよ。どうしてこうなっちゃうの?」



神さまは、とても悲しそうにほほえんだ。わかってるけど、神さまはだまってがまんしてるのだ。何万年もそうやって。怒りもしないで。
そして、悲しそうにほほえんだまま、言った。
「みんな可愛いのさ。みんな」



私は神さまが泣いてるので、心配になって聞いた。
「神さまはさー。今まで悲しかったり、くやしかったり、つらかったり、寂しかったりってこと、あった?」
神さまは、蚊の鳴くような声でそうっと、言った。
「あったよ。たくさん」



私は花のついた頭を神さまのひざにのっけてつっぷして、しばらく泣いた。



泣きやんだら、おなかがすいてきた。
「神さまおなかすいたー」
「なに食べたい?」
私は好物を言った。
「ラムチョップ」



すると草原に白いきれいなお皿がぽんと現れて、その上には私の大好物の焼きたてラムチョップが載っていた。白い花とみどりの葉っぱでかざられて。
「わあ、すごい!ありがとう!いただきまーす!」
私は手でつかんで、むしゃむしゃ食べ始めた。



「ねえ神さま。羊ってさー、大きいと『美しい』って字になるんでしょ?」
「うん」
おしゃべりがだいすきな私は、三つの時と同じに、舌足らずにおしゃべりする。神さまは基本、聞く。誰の話でも。
「大きい羊は、みんなで分け合えるから、それこそが美しいことだから、そう言ったんでしょ?」
「そうだね」
「これ、ほんとうに美味しい!ねえ神さま」
乳くさい、芳ばしいお肉を骨から歯でこそげながら、私は言った。
「さっきの旅の目的の話ね」
「うん」



「それぞれだとは思うの。人によって。あれはただ私が考えただけだし。
でもね、なんのために生きるとか、言うじゃない、なんかみんな」
「うん」
「で、人のために生きるとか、自分でしたいことのために生きるとか、地球のために生きるとか、いや自分を世界に還元するんだとか、いろいろ言うじゃない。私もまえは、そんなふうに思ったんだけど。でもね」
羊の骨をきれいに歯でこそげながら私は言った。
「私ね。還元とかじゃなくて、ただいつか還っていくだけなんじゃないかな、世界に。この羊みたいに。自分でああするだのこうするだの、色々ばたばたやるけど、ほんとうはただ」



私は肉をきれいに食べ終えて、おなかをさすった。
「美味しかったあ!ご馳走さまでした!」
神さまはほんとの親みたいに、肉汁のついた私の口のまわりを、ほほ笑んで袖口でぬぐった。
「で、今日はどうするの?」
私はにっこりした。



「言葉を編んで、恋人にプレゼント作るの。それからだいすきなお掃除して、まだ生きてる大事な人たちやいきものやお花にこんにちはって言って、あとは踊ったり、歌ったりして、それからパーティのご馳走作るんだ」
神さまは、笑った。
そして、私の髪を、長いこと撫でた。



私は立ち上がる。花がこぼれる。
「ありがとう。私戻るね」
「気をつけてお帰り」
「はーい。じゃあ、神さままたね!」
「またね」



私は鏡のこちら側へ戻る。
現実の世界は、あっちと変わらないくらい、今日もきれいだ。

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