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Respect

忘れるのは嫌だから書いておく。
私の敬愛する者たちのことを。


前職の二人の上司、そして一人の最古参の先輩。全員女性だったが、彼女たちにはある共通があった。


一つ、愚痴をこぼさない。
一つ、誰も何も否定しない。
一つ、仕事は勿論完璧最速。
一つ、自分のことはいつも後回しで他人のケツ持ちを嫌がらない。
一つ、めっちゃ明るい。
一つ、分かりやすく優しく、信頼しながら教える。
一つ、神秘的なものにある種親和性があるが大っぴらに言うことはなく、分かる人物のみを選んで個人的に話す。
一つ、個人の大切なことは決して口外せず、それを守るよう教えてくれた。

彼女たちのそうした態度や振る舞いを見て、私は最初から心を打たれた。心底憧れ、届くことは叶わなくてもひたすらに真似た。そして人には低く見られがちで3Kの清掃職が、こんなにも気高い仕事なのだと知り、それに出会えたことが幸せだった。
今も学びは日々終わらないし、彼女たちに届くことは永劫にない。当たり前。スター、星というものは、地上からその輝きを見上げて胸ひたされるもの。そして上を向く力をくれ、軌道修正してくれるもの。

道具や機械たちに私だけが呼ぶ秘密の名前があった。百に近いその名、年齢性別国籍性質性格、すべて違ったのだが、変わり種が一人(あ、一つ、か。物だから)いた。



ある日階段を掃き下ろすために、階段用の古びたほうきを手にした。感覚は、男性だけれど子どもかな?と最初は思ったので、まだ名は分からないが
「よろしくね」と胸でつぶやいて小走りに一人現場へ向かった。



だが、そこは初心者。後ろ向きに掃き下ろしてくるスタイルがうちの決まりだったがまだ怖いし、建物がとても古いためあちこち修復の跡がありでこぼこしていて小さなチリがなかなか掃き下ろせず、苦戦していた。
その時だ。


「掃除屋がチリを残したら掃除屋じゃねえな」

野太いおじさんの声が後ろから聞こえ、私は飛び上がらんばかりにびっくりした。もちろん、誰もいない。
私は手にしたほうきを見た。ほうきは私の頭の中へ話しかけてきた。

「総括さんがやってたの、忘れたか?やってみろ」

あ。
確か教わった時、彼女がちょこっとやってたあれ…。


私はそのほうきのゲタ(ブラシを植えてある横木のこと)を持って、歯ブラシのようにタテに使った。チリは簡単に綺麗になった。

「そう。それでいんだよ。あとお前な、柄だよ柄。ワキに挟み込め、柄の端をカバーしろって習ったろ。なんでやらねえ?それじゃ客や物に当たる。あとゲタを壁にぶつけるんじゃねえ。うるさくてかなわねえし俺も傷むんだ馬鹿野郎」
「は、はいっ‼️」


そのほうきのおっさんの名は、『てつ』と言った。
てつもほかの道具もそうだったが、いつも必要なことだけを言ってくれた。課題。その時々で激変する私の情緒に沿う言葉など。便器たちももちろん(建物が古いのでこれもバラバラ)。
いやつくづく、一人作業の仕事でよかった。他人様に、道具たちと話したり泣いたり笑ったりしてるのを知られたら、まあ。どえらいことでしたわ。



ま、頭おかしいこと言ってるのは相変わらずだが私はきっちり病識はある。ただ統合失調症ではないそうだ。複数の医師の診断によれば。どーでもいいけど。
ひと、生き物。そして物を愛する、また愛され共に働く喜びは以前書いている。


「私は◯◯より優れている、◯◯は私より劣っている。私の考えはすべて正しいのだ。」


彼ら彼女らはそれは優しく、私の内部に巣食っていたそんな思い上がりを総出で壊してくれたのだ。

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