電車内で立つ
はじめにお断りしておきます。
いつもですが、私の体験などによりに書くものはむろん私の独断です。ケッ、と思う方がいても全然いいのです。こうあれよなんて強制はありません。
というのは、ヘーゲルの『精神現象学』を読んで改めて反省したこと。
でもヘーゲルっち、私ディオゲネスも粋とは思うのよ。でもやっぱり、言っておかなくちゃ。
たとえ知の巨人であれ、誰が最善とかは無いって。それを踏まえての。
高校の頃か。
下校時の電車内で年輩の男性に席を譲ったら、彼はとても優しく微笑んで「ありがとう。大丈夫ですよ」とキリッと立ち続けた。ループタイをした居住まいの綺麗なおじいさん。私は譲った席から立てなくなり、赤っ恥でうつむき続けた。彼は窓の外、空を見てるようだった。
小学生低学年くらいの子どもをねだられるままに座らせ、子どもに「お母さんも座れば」と言われると「鍛錬で立ってるからいいの」と笑っていた若いお母さん。
二十代か、三十代か。ある時点から恥の観念を捨てた。周りの人にどう見られるかという恥。「アイツ偽善者ぶりやがって」と思われようが構わねえと。周囲が抱くかもしれない負の評価より、目の前で困ってる人を見過ごすのが自分はヤだってのが勝ったからだ。好きに思ってろ。
それからはそもそも始めから座らないことにした。
疲れ切ったり怪我をしていて座っていても、自分より体の弱そうな人が車内に現れたら、路線に詳しくないから路線図を見よってふりをしたり、そろそろ降りようって素振りで黙って立って席を空けた。その場から完全に去ればその人が心置きなく座りやすいことも想像でき、実際そうだった。
善を行うとか考えたことはあんまない、と言ったら嘘になる。人の評価を気にしないならそれこそ私はディオゲネスで良かったんだから。なんもせず、精神だけは自立した孤独な乞食で良かったんだから。
ただ、目の前で実際に人が倒れてたりすると脊髄反射が起こる。終電?この人の命が終わるかもしれない時に、てめえの終電がなんだ。
昔々は「いい子」と思われたかった。好かれたった。まず親に。先生たちに。友達に。好きな人に。
でも、親も先生たちも友達とやらや好きなはずの人も、時にドン引きな価値観を持っていたりして。たとえば我が子や教え子をヤるような奴は?
自分で言った約束を破る人は?ひどいことをやめてと懇願してもやめない奴は?
そして私はどうだった?同じ穴の狢じゃなかった?
いつもなら。
相手「お前なんかビョーキ。分かりたくもない」
私「んだとてめえ💢」
で決裂。固執して長く諍い合うことも。それは裏返せばお互い
相手「お前さえ〈いい子〉になって言うこと聞いて〈くれたら〉好きな〈のに〉なぜ昔のように可愛くなくなったんだ。憎い」
私「誰がそんな約束したよ。分かって〈くれない〉なら話すことはもう無い」。
そんな私に待ったをかけてくれた人たちは、別に医師でも先生でもなくふつうの人たちだった。
だが泣きたくなるほどその存在は稀だった。
彼ら彼女らはこちらになんの強制もしない。私の憧れるような「善」を普段から何気なく軽々やってのけているだけ。私はただ目撃し、衝撃を受けた。
そう。あの人たちは他人にどう言われようが思われようが気にしなかった。自慢もしない。現世から少し上空で見ているお月さまみたいに黙ってほほえんで。
そしてなぜか私にこっそり秘密と秘訣を教えてくれた。
そのやり方と心意気。それをやらない結果とやっている結果。魂のベクトル。
だから深夜、ホームでゲロまみれの若者が倒れてても、コートをかけてあげ駅員さんを呼んできて、名も告げず去ることは出来るようになった。まだ「有段者」のカタを真似てるくらいでも。
「そんなものは偽善だ迷信だと謗る『科学・データ主義者』は、精神・感情に傾きがちな相手を論破すること自体が目的である。そして自らに非があるかどうかを疑うことを全くしないという点で、既に相手と同等かそれ以下に堕ちている」
「かと言ってソローやディオゲネスの思考に至るのはけだものに戻るのと同義で、現在の世界では通用しない」
気持ちよく本の中の言葉に丸め転がされ、自分の非をてへへと認めながら、朝結んだおむすびを食べ、本を閉じて空を見た。
ダイサギが優雅に飛んで行く。私はヘロンをもじってヘレンと呼び、現れたら自分を可愛がるサインにしている。
誰もが可愛がられたい、認められたいはず。「お前は間違ってる」と頭ごなしに言われたら悲しくてたまらないはず。
自分をゆっくり可愛がる。近所の奥さまが下さったマーガレットを眺め、愛する夫の帰還をどきどきしながら夢見て。
たまに、ケンカするかな。
そうかもね。
でも、きっと私は負けるよ。嬉しく負けるよ。貴方が好きだから。貴方を信じてるから。その決意にもどの真理にも100%はない。けれど、私が自分で決めたんだ。どうなろうが後悔はない。
ひとは自分の決意を裏切るのはつらいもの。
貴方も、そうかも。
どんなお話、してくれるの。聴かせて。
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